1,Monster.
阿鼻叫喚の地獄絵図を、いつも遠くから眺めていた。 沈んで行く夕日に照らされる戦場では今も多くの人間が血を流し、殺し合う。放置された死体が腐り、性質の悪い疫病が蔓延しても影響を受けることのない高台で、まるで天上から下界を見下ろす神々のような心地で、驕り高ぶっていた。目と鼻の先にある地獄を現実感の帯びない目で愚かしいと、無関係だと思い込んでいた。毎日毎日飽きもせず、下らない争いで傷付け合う彼等を見下し、理解しようとも思わなかった。 戦争は日常の一部だった。と言っても、自分が其処に直接関係する訳ではなく、寂れた山村から見下ろす平野で繰り広げられる戦争をただ見下ろす日々だった。戦火の届かぬ場所から彼等を哀れ蔑むだけの毎日。ルビィにとって、戦争とはそういうものだった。 今年で十六になるルビィの暮らす村には、掟があった。それは余所者を受け入れてはならないというものだ。しかし、掟が出来てからこの村を訪れた者など一人としていない。細々と自給自足する自分達の存在は世界にとってどれ程のものなのだろうか。自分も何年かすれば村の中の何処かに嫁に行くのだろう。そうして子を産んで、年を取って行く。先人の引いたレールの上を迷いなく歩いて行くことに何の違和感も覚えず、未来への希望も諦観も無く、田畑を耕し家畜の世話をする日々。 それを転機と呼ばず何と呼ぶのか。 「まずいことになった」 新月の闇の中で行われる会合は、村の恒例行事だった。村の権力者を中心としたその会合でどんな話題が持ち上がるのか、ルビィは知らないし興味も無い。知らされぬことは知ってはならないことだ。掟に背くことは死ぬことだ。恐怖を感じたことはない。日常生活において、掟に背くことなんて有り得なかったからだ。 囁き合う人々の声が扉の向こうから微かに聞こえていた。緊迫する空気は扉越しにも感じることが出来た。好奇心が無い訳では無かったけれど、掟に背くことは許されないという理性が遥かに強かった。会合の行われる場を離れ、ルビィは何時ものように戦場を見下ろせる崖を目指して歩き出した。 険しい山々に囲まれたこの土地では、戦場となる平野を掌握することは勝機に繋がる。故に毎日押しては引くの攻防を繰り広げるのだが、絶え間なく変わって行く戦況はルビィにとっては小さな娯楽の一つだった。 「何を見ているんだ?」 ふと、背後から掛けられた声に振り返る。漆黒の闇に浮かぶ二つの青い双眸。 戦場の騒がしさが消え失せ、緊張にも似た静寂が張り詰める。闇に慣れたルビィの目に、見覚えの無い青年の美しい相貌が浮かんで見えた。御伽噺に出て来る天使というものは、恐らくきっとこのような姿をしているのだろう。透き通るような青い瞳から目が逸らせない。 青年は足音を立てずにルビィの横に並ぶと、ポケットに手を突っ込んだまま戦場を見下ろした。 「ああ、此処は戦場が良く見えるんだな。成程、魔王軍が少々押しているようだ」 こんな人間がいるのだろうかと、ルビィは目の前にしながらも本気で思った。夜風に銀髪を靡かせながら、崖下を見下ろす横顔に表情は無い。 「この戦争がどんなものか、知っているか?」 ルビィが首を振ると、青年は無表情に言った。 「これは人間と魔族による、世界の覇権を賭けた戦争なんだよ」 「魔族……?」 「そう。人間よるも遥かに強靭で、長命で、異能を持つ生き物だ。角が生える者もいる、体中に鱗があったり、毒を持つ者もいる。突如出現した彼等を人間は魔族と呼び、何時しか殺し合うようになったんだ」 目の前で起こる戦争が何なのかも知らぬまま傍観していたルビィにとっては、それはとても信じられるものではない御伽噺だったが、それでも青年の話を聞きたいと思った。 だが、次の瞬間。何かを言おうと口を開いた青年がゆらりと崩れ落ちた。背中に突き刺さった一本の矢と押し寄せる村人。猛る男達が倒れ込んだ青年を罵倒し、蹂躙している。村人の漆黒の瞳が、青年の美しい青い目を見下し蔑み、黄色の肌が青年の白い肌を汚す。正義を振り翳し武力を行使する男達に、青年は身動き一つしなかった。見る見るうちに血に染まり、肌には鬱血が浮かぶ。 青年の名を叫ぼうとして、ルビィはその名を知らぬことに気付く。縄を打たれ、罪人のように引き摺られ、家畜のように鞭を打たれる。彼が何者なのかルビィは知らない。 村には掟があった。背くことは許されないし、そんなことを考えたことすらなかった。振り返ることもしない青年は何を思うのだろう。零れ落ちた血液が、目が覚めるような赤色を地面に滲ませている。 村に戻った時、辺り深夜だというのに辺りは炎に照らされ昼間のようだった。多くの野次馬に囲まれた広場の中央に、縄を打たれたあの青年が投げ出されるように倒れ込んでいる。見世物のように振るわれる暴力をただ享受し、抵抗一つしない。秀麗な面を苦痛に歪ませても、嗚咽は漏らさない。固く結ばれた口元が、腹部を蹴り上げられたことによって咳き込み血を吐き出す。囁き合う野次馬と化した村人の声は聞こえない。初めて見る異常な光景にルビィは声一つ発せない。 大人達が何かを叫んでいる。口汚く罵倒するのは父だ。棒切れでその痩躯を打ち付けるのは叔父だ。笑いながら小石を投げるのは友人だ。 「ルビィ!」 茫然と立ち尽くすルビィに駆け寄る母親は、息を切らして縋り付くように両腕を取った。 「大丈夫だった? 何もされなかった?」 必死に安否を気にする母に、ルビィは困惑するばかりだ。母が心配するようなことは何一つ無かったというのに、如何して青年はこんなにも罵倒され虐げられ、暴力を振るわれているのだろう。 「ねえ、お母さん。あの人は、何かしたの?」 「何を言ってるの! あれは、魔族じゃない!」 魔族と言われて、ルビィは耳を疑う。 世界の覇権を賭けて人間と戦う者。人間の――敵。 自分達と明らかに異なる青い瞳に、銀色の髪。――だけど、それだけで。 毒も無く、鱗も無く、鋭い牙も爪も持たず、ただ皮膚や瞳の色が違うだけでこんな扱いを受けなければならないのか。 「化物め! 死ね!」 「消え失せろ、害虫め!」 「悪魔の手先だ!」 口汚く罵倒する人々の目は狂気に染まっている。目の前の異質な生き物を敵として捉えることで、村人はまた団結するのだ。 体を丸めて痛みに耐えていた青年が、ゆっくりと面を上げる。鬱血した頬と、切れた口の端から零れる血液。傷だらけの体を起こし、震えること無いはっきりとした声で、揺るぎない目で、青年が声を張り上げた。 「なら、お前等は何なんだ!」 ざわめきが、静寂に変わる。青年は青い目を鋭くさせ、周囲を睨んだ。 「俺が悪魔なら、無抵抗の相手を蹂躙するお前等が神だと言うのか? 馬鹿馬鹿しい」 「何だとッ!?」 馬事雑言の中で青年が蹂躙されている。凶器を振り上げられ、踏み躙られ、叩き潰されている。 引き摺り出される青年の銀髪が血に染まり、泥だらけの衣服は破れ掛け、白い肌は蒼い。それでも噛み付くように叫ぶ怒号が村人に向けられる。数人掛かりで羽交い絞めにされて連れて行かれる先が何処なのか、ルビィは知らない。囁き合う野次馬も我が身可愛さに静かに自宅へと消えて行く。更けていく夜に、青年の咆哮だけが響き渡っていた。 世界は戦乱だった。物資は常に不足し、その日一日を生きることに懸命で、他のことを考える余裕などありはしなかった。夜更けに見下ろす他人の戦争が一体何なのかも知らなかったし、知る必要も無いと思っていた。 皆が寝静まった深夜、青年が放り込まれた村外れの牢は、灯り一つ無い闇の中にあった。見張りすら付けない警備の薄さには驚いたが、ルビィがそっと顔を覗かせると、鉄格子の奥で二つの青い眼球が此方を見ていた。 「また会ったな」 傷だらけの体で、指一本動かすことすら煩わしいというように青年は壁に凭れ掛かったまま動かない。それでも僅かな外の灯りに照らされたルビィの顔を確認すると興味も無さそうな仏頂面で言った。 「何か用か?」 ルビィは、黙った。村人が悪魔だと罵る対象。汚らわしいと暴力を振るう相手。怖いと思う。近付くべきではない。 この男が件の魔族ならば、毒を持っているかも知れない。鋭い爪や牙を持っているのかも知れない。凶暴で、残虐で、冷酷な化物なのかも知れない。長きに渡って人間と戦争を繰り返す敵だ。村人が躍起になって殺そうとするのも解らない訳じゃない。 ただ、ルビィは知りたいのだ。 「あなたは何者なの?」 「あいつ等が散々言ってただろ。化物さ」 「本当に?」 ルビィの問いに、青年はきょとんと目を丸くした。 「あたしには、貴方が人間に見えるよ」 肌や目や髪の色が違っても、自分と殆ど同じ姿をした青年。村人が不吉だと呪うその姿をルビィは綺麗だと感じた。 世界の覇権を賭けて争う相手が魔族だから傷付けるのか、踏み躙るのか、殺すのか。正義だと信じるその行為は本当に正しいのか。 青年は無言だった。村人の一方的な暴力により満身創痍のまま、額から零れ落ちる血液を拭うこともしないまま、青年は自嘲するように薄く笑っている。喉を鳴らすような乾いた笑いが漏れ、整った青年の面が子どものようにくしゃりと歪む。薄く開かれた目から除く青い瞳に映る光は優しく穏やかだった。 「あなたは皆の言う通り残虐で醜悪で冷酷な魔族なの?」 「さあな。でも、だから俺はこうして牢に閉じ込められているんだろ?」 「それは村の掟だもの」 「じゃあ、お前は?」 「――あたし?」 青年は酷く真剣な顔で、ルビィに問い掛けた。 「お前は如何なんだ? 村の掟なんて関係無く、お前の思いをお前の言葉で聞かせてくれよ。魔族は存在するだけで悪か?」 「そんなの、解らないよ。考えたことないもの」 「何故、自分で考えない?」 ルビィは黙り込んだ。その時。この世の終わりを思わせるような地響きにも似た轟音が響き渡った。激しい揺れに立っていることすらままならず、崩れ落ちるようにルビィは座り込んだ。古びた牢の壁に亀裂が走る。咄嗟に立ち上がった青年は片膝を着いて辺りを見回した。 「何!?」 「――砲撃だ」 青年が冷静に言い放った瞬間、亀裂の入った天井が崩れ落ちた。巨大な瓦礫となった岩が青年の頭上に容赦なく降り注ぐ。 悲鳴と共にルビィは青年の名を叫ぼうとして、知らないことに気付いた。だがその時、轟々と降り注ぐ瓦礫の中で、月明かりに銀髪が微かに輝いたように見えた。しかし、それも続け様に鳴り響く爆音と共に消えて行く。青年が微かに漏らした砲撃という言葉が現実味を帯びる。こんな辺鄙な場所にある寂れた山村を砲撃する意味などある筈も無いのに、周囲で起こる全てが可能性を現実のものへと変えていく。 ルビィの足元に大きな影が落ちる。反射的に見上げた先に、視界一杯を覆う程の瓦礫が落下していた。 悲鳴も、瞬きも間に合わないその刹那。銀色の閃光が瞬いた。 「――おい、無事か?」 硬く閉ざしていた瞼を、恐る恐る開く。ルビィは引き攣るような声を上げた。 自分が先程までいた筈の牢が崩れ、遥か下に見える。足元は浮遊し、強い風が吹き付ける。理解不能の状況にルビィは周囲を見回した。白い浮雲に手が届きそうだ。 「な、に?」 背後から抱え込まれていることに気付き、振り返った先に透き通るような青い瞳と銀髪が輝いていた。 だが、特筆すべきはその容姿では無く、人間ならばある筈のない白亜の翼がその背に存在するということだろう。絶えず羽ばたく純白の大きな翼によって浮遊しているのだ。有り得ない状況に夢でも見ているのかと目を擦る。青年は目を細めて遠くを見遣り、呟いた。 「あれは、魔王軍だな」 森の先から黒い塊が押し寄せて来ている。掲げられる紫の旗に怒号にも似た雄叫びが響き渡る。逃げ惑う村人はまるで蟻の大群のようだった。 青年はゆっくりと下降していく。足元に見えた大木が目前に映り、やがて頭上に伸びて行く。両足が地面に着いたと同時に、ルビィは夢から目が覚めたような心地でその足を踏み出した。目の鼻の先である村から黒煙が立ち上っている。何かが焼ける焦げ臭さに、異常事態を嫌でも感じた。 「村が……!」 「行くぞ!」 ルビィが飛び出すよりも早く、青年は走り出していた。その背中からは既に翼は消え失せ、痕跡すら無い。 先を行く青年を咄嗟に追い掛けるルビィは迷っていた。魔族という存在、この青年が何者なのか、如何して村が襲われるのか、如何して彼が走っているのか。 息を弾ませながら、途切れ途切れに青年が言った。 「俺が、恐ろしいか?」 恐らく肯定の返事を予想しているだろう青年は口元に自嘲の笑みを浮かべて問い掛けた。だが、青年が背中を向けていることも忘れてルビィは首を振った。 「怖くない」 びしりと言い切ったルビィの言葉に、青年が振り返る。それまでの仏頂面すら消し去って、青い眼を真ん丸にしている。現実味を帯びない御伽噺のような青年は、何処か子どものようにあどけない。ルビィは笑った。 「貴方の翼は、とても綺麗だから」 「……そうか」 それだけ言って、青年はまた背を向けた。照れ隠しだろうかとルビィは可笑しくなる。これが魔族か。村人が罵倒し虐げる恐ろしい存在。 子どものように笑い、褒められて照れ隠しに顔を背け、人を救う為に翼を広げる。これが、魔族か。 青年は入り組んだ森をまるで自分の庭かのように縦横無尽に駆けて行く。地面から隆起した大きな根を飛び越え、青年が言った。 「自己紹介がまだだったな」 大きな青痣のある顔で、それまで張り詰めていた空気を全て霧散させ、青年は笑っていた。 「俺の名はダイヤという。翼を持つ魔族の一人だ」 歌うように楽しげに、羽ばたくように軽やかにダイヤは駆けて行く。其処に翼など無くとも、人間と同じ両足があるだけで、踊るように走り抜けている。 森を抜ける前から充満していた煙に嫌な予感は的中した。ルビィにとっての故郷が、赤い悪魔に呑み込まれようとしている。 黒煙の上る空には鉛色の雲が浮かび、天上を舐めるような火柱が上がる。彼方から飛ぶ砲撃に築かれた家々は一瞬にして消炭となり、人々は泣き叫び逃げ惑う。血を吐いて倒れる友人が、足を失くし這いずる隣人が、母の死体に泣き付く幼子が、揃って声を上げる。誰か、助けてと。 「お母さん!」 ルビィが悲鳴を上げた。漆黒の目に映るのは瓦礫と化した家の残骸に埋もれる母の姿だった。伸ばされた手は助けを求めたのだろうか。額から流れ落ちた血液が地面に染み込み、閉ざされた目は開かれることも無い。既に熱を失った体に通うものは何も無く、後は風化するのを待つだけだ。 「お母さん! お母さん!」 「止せ!」 縋り付こうとするルビィの腕をダイヤが掴んだ。振り払おうとルビィが力を込めた瞬間、母の遺体は崩れ落ちた瓦礫の中へと消えて行った。 「ううう、うああああっ!」 彼方此方で響く悲鳴が、怒号が、喘ぎが、ぐちゃぐちゃに混じり合っている。あの時、崖の上から見ていた戦場は、今目の前にある。 助けてくれ。誰かの悲鳴が聞こえルビィが振り向くと、其処にダイヤはいなかった。一目散に駆け付けたダイヤが、崩れ落ちそうな瓦礫を支えている。大きな柱に下半身を挟まれているのは、あの時、ダイヤを罵倒し踏み躙った男だった。傷だらけの腕で、焼けた柱の熱さも忘れたようにダイヤが声を上げた。 「必ず助けてやる! だから、諦めるな!」 如何して? 疑問と共に、ルビィは走り出す。 その人は、貴方は傷付けた人だよ。魔族である貴方にとっては敵でしょう。如何して救おうとするの。何時かは殺し合うかも知れないのに。ねえ、如何して。 歯を食いしばって柱を押し返すと、ダイヤは埋もれた男の手を取って引き摺り出す。男の両足は酷い火傷で、立つことすらままならなかった。痛みに呻きながら、男はダイヤを見て問い掛ける。 「お前、如何して」 「如何して、だと?」 砲撃の止まない東の空を睨みながら、ダイヤが吐き捨てるように言った。 「助けを求める人間を助けるのに、理由が必要なのか?」 暴力に対する痛みはあっても、差別に対する屈辱はあっても、ダイヤは人を助けようとする。魔族であっても、人であっても、命に代わりは無いのだと全身全霊で訴えるように走り出す。一人でも多くの人間を救おうと駆けるその様は人間以上に、人間らしかった。 魔族って、何? 泣き叫ぶ少女の元へ駆け寄ろうとしたダイヤの足元に、矢が突き刺さった。砲撃と異なる攻撃にダイヤの足が止まり、振り返る。 ずらりと並ぶ人ならざる者の集団。一目にそれが人間ではないと解ると同時に、魔族と呼ばれる者なのだと悟った。弓を構えるのは黒い短髪に、赤い目をした青年だった。眉の無い額には二本の小さな角があり、吊り上った切れ長な目は冷たい印象を与えた。ダイヤは無表情だった。 「こんなところで、何をしているのですか」 感情を読ませぬ男の言葉に、ダイヤもまた淡々と返す。 「それは此方の台詞だ。四将軍のガーネットともあろう者が、こんな田舎の山村に主力を投入するとは」 「四将軍……?」 聞きなれない単語を復唱すると、ダイヤはルビィを背中に隠して囁いた。 「魔王軍を纏める四人の将軍の内の一人だ」 魔族の存在すら知らない田舎娘が、そんな話を理解出来るとはダイヤも思っていないだろう。その目は既に正面のガーネットを睨むように見据えている。 「兵を退け。こんな一方的な虐殺は、禍根を残すぞ」 「禍根どころか、草一本残りませんよ。魔王様は、人間の殲滅をお望みです」 「……馬鹿げてるぜ、魔王も、てめぇも」 苦々しげに呟いたダイヤの青い目に、火花が散る。それは怒りにも憎しみにも似た炎のようだった。 「人間の肩を持つ気ですか?」 「別に、人間の味方がしたい訳じゃねぇよ。助けてと言われて素通り出来る程、薄情じゃないだけだ」 丸腰で、傷だらけで、軍隊を相手に、ダイヤはまるで対等であるかのように振る舞う。辺りに立ち上る黒煙も、火柱も、悲鳴も怒号も何もかもが信じられない。 死に行く朋友が、家族が、流れ続ける血液と呻き声がルビィの背に圧し掛かる。脳では処理しきれない悲劇が土石流のように心の中に流れ込む。声にならない悲鳴を上げてルビィは膝を着いた。腹部から得体の知れない何かが沸き上がる。吐き出したいのは消化物か、叫びか、それとも。 目の前にあったダイヤの服を掴んだ。血の染み込んだ、ぼろぼろの服だった。力を入れれば容易く破れてしまいそうで躊躇する。だが、ダイヤはその手を強く握った。 大きな手だった。傷だらけの無骨な指だった。だけど、血の通った温かい掌だった。 「大丈夫だ。俺が必ず、守ってやるから」 背中を向けたまま、圧倒的不利な状況でもダイヤはその横顔に不敵な笑みを浮かべていた。 不思議だった。今日出逢ったばかりなのに、ダイヤは自分を助けようとする。そんなダイヤを、如何してか無条件に信用している。 「此処は俺が如何にかする。お前は、出来る限りの村人を助けて逃げろ」 「そんな! ダイヤは!?」 「俺には俺の考えがある。――さっさと行け!」 ダイヤの怒声に押されてルビィは走り出した。 |
2011.11.02