最終回。ツーアウト・ランナー三塁。
 橘シニアは二点の負け越しだった。

 夏の太陽が沈みかかって、空はオレンジ色の光に染まっている。何時の間にか影が長く落ちて風が少しだけ涼しくなった。午後五時十二分。近くの小学校で五時のチャイムが流れてからそんなに時間は経っていない。
 河川敷のグラウンド、マウンドにエース。白いユニホームに赤い文字でチーム名。祐輝はそのピッチャーを見つめ、バッターボックスに目を移した。そこには背番号2の少年の姿。黒いヘルメットを深く被り、表情は伺えないが笑っている筈も無い。
 半ば祈るような気持ちで両拳を握り締めた。応援したくとも声はとっくに枯れて掠れてしまった。だから、今出来るのは信じて待つ事だけである。


「打てるよー!」


 背番号5、隣りで弟が叫んだ。未だに元気のある和輝の声は少しも掠れちゃいないでよく通る。
 応援も虚しくツーストライク、追い詰められた。
 頑張れとか、打てるとか。応援さえ出来ないなんてもどかしい。無意識に握り締めていたユニホームに皺が寄る。
 最後の一球、それが来ると思った。


「浩太!」


 長く掠れて出なかった声が蘇った。それに気付いたのか、白崎浩太は振り返ってニッと悪戯っぽく笑った。
 バットを掲げ、向き直って投球。最後の一球はカーブだった。浩太はそれを読んでいたのか、溜めて溜めて――振り切った。カーンと綺麗な音が響いて夕空には白い点がポツリと浮ぶ。グラウンドにいた人間はもちろん、通り掛った見物人も皆それを見上げた。硬球はしばらく落ちては来なかった。そして、数秒後、落ちたそこはフェンスの向こうのススキの原っぱである。カサカサと擦れ合う音と共に白球はその姿を消した。


「ホームランッ!」


 興奮したのか顔を赤くしたコーチャーがグルリと腕を大きく回す。浩太は力強くその右腕を空に突き上げた。そのワンプレーに皆が沸いた。敵も味方も無く、その力強さに圧倒されたのだ。彼がダイヤモンドを一周し、ホームを踏んだ瞬間皆が飛び付いた。疲れていたのがまるで嘘のように、この逆転ホームランは皆に元気を与えた。
 もみくちゃにされながら浩太は祐輝の傍に寄って拳を向けた。バットを掲げ、空に突き上げた右手である。祐輝はそれに自分の右手をゴツと当てて笑う。疲れは確実に蓄積されていて、声は出ない。そんな祐輝の肩を軽く叩き、浩太は笑った。


「さ、行こうぜ。――延長戦の始まりだ」


Extended game.



 静かな早朝に心臓が跳ねるほどのベルが鳴り響いた。祐輝はもそもそとベッドの中から顔を出して目覚ましに手を伸ばす。その騒がしい時計を黙らせてカーテンを開けると、そこには朝陽が輝いていた。一日の始まりである。
 本日の予定――無し。
 部活の無い久々の休日、一体何ヶ月ぶりだろうか。そんな事を考えながら早々と着替えベッドを整える。せっかくの休みなんだからごろ寝していればいいのに、とは祐輝自身思う事だ。そうしないのは、丸一日を惰眠で潰すと言う行為に堪えられないからだ。やる事なら山ほどある。家の大掃除もしたいし、学校の授業の復習もしたい。当然、自主練だってしたい。結局、休みが何もしない休みになると言う事は無い。誰に似たのか、祐輝はとにかく生真面目だった。
 寝起き故に頭がぼーっとする。足元がふわふわしてまだ夢の中にいるようだった。久々に見た中学時代の夢はやけに鮮明で、ついさっき体験した事のような気がする。だが、そんな考えを持つ自分を心の中で貶した。
 もう、あの日々は帰って来ない。過ぎ去った日々は思い出となって色褪せて行くだけ。振り返ったって得られるものは何も無い。空虚感が胸を満たして其処から立ち上がれなくなる。
 祐輝は一人馬鹿馬鹿しいと苦笑して部屋を後にした。

 白崎浩太は、幼馴染である。
 すぐ傍の喫茶店の息子の涼也と、向こう隣に住む彼は同い年だった。中学時代、サッカークラブにいた涼也とは別に浩太とは同じシニアチームで野球をして育った。関東でも名門と名高い橘シニアの四番まで勤めた彼と、現在翔央大附属で全国に名を轟かす祐輝。二人の名を聞いて知らぬ者はいなかった。
 甲子園に行ってやる、だとか青臭い事――祐輝は現在常連だが――を語った仲であった。それが、一体何処でおかしくなったのか。気付いた時にはもう遅く、歯車は二度と噛み合わなくなっていたのだ。今は、部屋に飾ったかつての仲良し悪ガキ三人組の写真だけが場違いのように存在する限り。ここ数ヶ月、まともに顔を見た覚えも無いほどだ。

 居間に出ても其処には誰もいなかった。淋しい男三人暮らしだが、父は今日も仕事、弟はシニアチームの練習。従って、午前六時の家には祐輝一人である。
 ダイニングテーブルの上にはしっかり朝食が用意されている。横には『遅くなる』と父の走り書きのメモが残されていた。祐輝はゆっくりと椅子に座って手を合わせた。


「――いただきます」


 一人静かに食事を始め、無音の寂しさにテレビの電源を入れる。いつものニュース番組は、予想通り面白くも何とも無かった。議員の不正発覚、芸能人の結婚、昨日の事件。それをぼんやり見ていた祐輝は、その中の見出しの一つに目を奪われた。

 自殺。

 昨日、都内の中学生が手首を切って自殺したとあった。イジメがあったとか、無かったとか。学校の責任だとか、そういうものはもう頭に入らない。ただ、リストカットと言う言葉に目を奪われたのだ。
 ――思えば、浩太と決定的に決別したのはあの事件だった。お互いの弟を巻き込んだ、最悪の思い出である。



 四年前。
 祐輝が中学三年だった時の事。その頃は高校受験を控えた受験生だと言う事も忘れて夢中で白球を追い駆け回していた。浩太も同じく、勉強とは殆ど無縁だった。思えば、子供と言うのは恐ろしい。何でも何とかなるさと思えてしまい、何もする気が無くなるのだ。後で焦る事になると解っているくせに。
 とにかく、その頃は仲が良かったのだ、祐輝の思い出せる限りは。少なくとも、現在ほどでは無い。お互いに何とかなるさ、と笑い合っていたのだから。
 だが、それが崩れたのは祐輝に千葉の翔央大学附属高校からの誘いが来た時だった。スポーツ推薦枠と言うものを勧められた。そして、勉強しなくて済むのならと受けた試験を楽々パスしてしまった。誰より早く進路が決まったのは祐輝であった。
 同じチームのエースはスポーツ推薦で高校を決め、四番はどうしたかと言うと、何もしなかった。誘いが来なかった訳じゃなく、多くの強豪チームからの誘いを尽く断ってしまったのである。その理由を聞いたのはそれからすぐの事だった。浩太は、もう随分昔から『千葉翔央大学附属高校』に憧れていたらしい。
 自分の憧れを祐輝がいとも簡単に掴んでしまった、それが許せなかったらしい。勤勉で努力家だった彼はきっと、足元を固めたものが崩されるような感覚だったに違いない。そこからの誘いが来なかったと言うプライドからか、彼はまったく違う学校を受けると言った。そこに、『野球部』は存在しなかった。

 お互いに進路が確定した十二月。その頃から会話は無くなった。祐輝の方が妙に気を使っていたと言うのもあるが、浩太は徹底的に避けていた。そんな頃、事件は起こった。

 蜂谷和輝と白崎匠は、祐輝と浩太の弟二つ下の弟である。兄達の軋轢など何処吹く風で二人は仲が良かった。よく何処かに遊びに行っていた。お互いの家を行き来していたし、同じ幼馴染である涼也の妹の奈々ともよく出掛けていた。
 ある雪の積もった日、確か夕暮れだった。和輝はいつものように白崎家の扉を叩いた。しかし、中から返事は返って来ない。その代わりに、庭に面した縁側から声がしたのだと言う。
 ひょい、と覗き込むとそこには浩太は縁側に腰掛けて外を見ていた。兄同士の仲が悪いからと言って弟と兄はどうかと言えばまったく関係無い。和輝がいつものように浩太に声を掛けると、浩太は少し驚いた顔をしたもののいつものように軽く笑った。


「浩太君、匠は?」
「駅前のCDショップ行くって言ってた」
「ああ、そうなんだ。そのCD借りようと思ってたんだけど、今日は無理だね」


 残念そうに唇を尖らせて和輝が呟くと、浩太は思い出したように顔を上げた。


「そうだ、栗羊羹あるけど食ってくか? もらいもんだけど」
「やった、食べる!」


 和輝はそのまま縁側に腰掛けて、浩太は家の中に羊羹を取りに戻った。ただ、匠の帰りを待たせるのだからと言う純粋な親切心であった。
 浩太は和紙の袋に入った何やら雅やかな長方形のものを持って来て和輝の目の前で開けた。中からは黄色く熟れた栗の乗った羊羹が姿を現し、和輝は目を輝かせた。
 半分ほどをナイフで適当な大きさに切り、爪楊枝を刺すと嬉しそうに和輝は「いただきます」と言って手を伸ばした。
 それから数十分、二人で他愛の無い話をしながら羊羹を半分食べ終えた時。和輝は何の気無しに祐輝の話を持ち出した。


「兄ちゃんがさぁ、高校で使うのに新しいグラブ買ったんだ」


 その時、浩太はあからさまに表情を変えた。睨んだ訳でも怒った訳でも無いが、ただ、興味無さそうに、無表情を作り出した。それに気付かないほど和輝は馬鹿じゃなかったが、まだ、子供過ぎた。


「……浩太君、俺の兄ちゃん嫌い?」


 困ったように眉を下げた和輝を見て、浩太は少し慌ててその頭をくしゃりと撫でた。


「嫌いじゃねぇよ。……心配すんな」
「本当? 浩太君、兄ちゃんの事避けてるよね」


 誰もが気付きながら出来なかった質問を和輝は平然とする。その無邪気さは浩太には辛かった。自分が失ってしまったものへの眩しさかも知れない。
 浩太は苦笑する。


「俺は祐輝が羨ましいんだよ。あいつは、俺が欲しかったものをいとも簡単に掴んでしまう。ただの、妬みだ」
「欲しかったものって何?」
「夢さ。結局、世の中才能だよ」


 そう言った時、和輝は少しだけ悲しそうな顔を浩太に向けた。


「親父が言ってた。俺はお前等に才能なんか与えてないって」


 和輝の父は、知る人ぞ知る有名人である。特に、その世代で名を知らぬ者はいないだろう。無名校を甲子園優勝に導いた小さな凡人キャプテン。プロからも一目置かれる大物。


「才能なんかじゃ誰も一番にはなれないよ」


 和輝のその言葉に「綺麗事」だと反論しようとして、浩太は口を噤んだ。
 何より、浩太は知っていた。和輝がどれだけ努力しているかを。背が低く多くのものが敵になる世界を生き抜く為にどれだけ辛い思いをして来たのかを。
 でも、そうやって割り切れるのなら浩太は祐輝と対立なんかしていない。浩太は小さく笑って和輝の頭を撫でた。


「そうだな。きっと、皆頑張ってんだよな」
「浩太君が頑張ってる事、ちゃんと知ってるよ」


 浩太は思わず黙りこくった。子供というのは本当に純粋で核心を突いて来る。もしもこの言葉を野球を辞める決意をする前に聞けていたなら、何か変わっただろうか。


「誰もが堂々とたった一人でも生きられるくらい強かったら良かったのかなぁ」


 浩太は答えられなかった。和輝は祐輝にそっくりな子供っぽい笑顔を向け、手元のナイフで羊羹を切り分ける。
 庭の木からはボタボタと雪が落ちる。風は冷たく粉雪がちらついた。浩太は和輝の言葉を何度も反芻しながら足跡一つ無い庭を見つめる。その時だった。

 ポタタッ ポタッ
 白い雪の上に真っ赤な鮮血が染みた。ぎょっとして和輝の方を見ると、何が起きたのか血の溢れる左手首を抑えている。


「切ったのか?!」
「止まんないッ……」


 焦ったように和輝はギュッと抑えつけるが血は止まらないで雪を赤く染めて行く。浩太も流石に慌て出して救急箱を取りに行こうと奥へ走る為立ち上がった。だが、其処で一瞬和輝の方を振り返ったのがまずかった。
 顔色悪く手首を抑えている和輝の横顔が、祐輝の横顔と重なったのだ。それは予想外だった。しばらくの間避け続けた相手は、今では心の中で天敵として確立されていた。そこに和輝がまるでジグソーパズルのピースみたいに嵌った。その時、今まで和輝が言った言葉が一気に波となって押し寄せて来たのだ。それまでは和輝だったからこそ許せて受け止められた言葉、それが祐輝の言葉だったなら?
 ただ、見下すだけの言葉では無いだろうか。

 浩太からは表情が消えた。そのまま和輝の傍に立ち、見下ろす。
 その異質さに和輝が気付いた時にはもう遅かった。スイッチが入ってしまった浩太には、もう和輝は祐輝にしか見えていない。血の溢れ続けるその左手を取って、軽々と組み伏せてしまったのだ。


「いっ!」


 小さく和輝は悲鳴を上げ、浩太はあろう事かその傷に思い切り爪を立てた。
 手首の切り傷に人差し指が食い込み、血が一層溢れた。和輝は目を見開いて悲鳴を上げるが、関節を取られている為に身動きが出来ない。浩太は指先に力を更に込めた。元球児の握力は相当なものである。第一関節が手首の傷の中に沈んだ。


「痛ッ! こう……た君……?」
「俺はどうせ、天才じゃねぇよ」


 その目に光は無く、傷付けている和輝すら見えていない。恐怖さえ覚え、和輝は冷や汗を流した。


「やめ……ッ!」


 痛いのかも解らなくなった。ジンジンと痺れる感覚が訪れ、腕はもちろん足元や服は真っ赤に染まっていた。ブツブツと傷口は広がり、血管が切れるのが解った。
 生理的な涙が頬を伝う。危機的状況であるほど、人は単純な行動が出来なくなる。悲鳴を上げると言う事は和輝の脳から抹消されていた。
 嗚咽が漏れ、涙が零れた。浩太は何も見ていない。
 左手が使い物にならなくなる、そう思った時、助けは来た。


「兄貴?」


 その状況を呑み込めないまま、駅前のCDショップのビニール袋をぶら下げて匠が立ち尽くしていた。帰って来ていきなりこの血の惨劇。匠は何も解らないままだったがすぐに駆け寄って和輝の腕を奪った。
 ようやく手首から指先は引き抜かれたけども、血でズルズル滑って和輝はそのまま庭の雪の中に沈んだ。浩太は虚ろな目をしていたが、数秒してようやく我に返った。匠は和輝を起こし左手を高く上げる。すると、血が冗談の様にバタバタと落下する。


(やべぇ……)


 和輝は真っ青だった。血が止まらない。


「兄貴! 救急車呼んで!」
「あ……ああ」


 放心状態だった浩太はまだ、状況を把握出来ていない。自分自身が和輝の左手首に爪を立ててこの惨事を引き起こしたのだと言う事が信じられなかった。
 とにかく、浩太は救急車を呼び、匠はバタバタと忙しく動き出した。その様子に向こう隣に住む祐輝が気付かない筈も無い。そもそも、蜂谷家の二階からは白崎家の庭が見えるのだから、この雪の積もった白い庭が赤く染まれば誰でも目を向ける。
 思った通り、祐輝は部屋着のままサンダルで駆けて来た。


「どうした!?」


 祐輝は手首を縛って縁側に寝かされている和輝を見て息を呑んだ。だが、何も言わないでそこに応急処置を施し始める。そうしている間に救急車は到着し、和輝は運ばれて行く。祐輝はそこに乗り込んで行った。



 後日、事の真相を聞いた時には和輝の怪我は順調に回復していた。何故、浩太がそんな事をしたのかも聞き、話をする気も失せた。あれから二年の月日が流れたが、今も和輝の手首には縫った跡がまるでリストカットのように残っている。
 もう、何が正しくて間違いなのか。どうすればいいのかも解らない。怒っても話し合っても和輝の傷は消えないし、勝手に自分に重ね見てそんな事をしたヤツを許す事が出来る訳も無い。
 祐輝は最後の一口を口の中に放り込んで手を合わせた。


「ご馳走様」


 そのまま皿を流し台へ運び、洗う。テレビは変わらずイジメについて偉そうに語る芸能人や学者、政治家を映す。どうせ彼等には何も解らないだろうに。
 その時、チャイムが鳴った。

「はーい」

 水道を止めて祐輝は玄関へ走る。ドアの向こうからは和輝が慌てて「開けて」と叫んだ。


「なんだよ、和輝か。どした?」
「着替え忘れたー!」


 バタバタと二階に上がって行く後姿を見て祐輝は苦笑した。これも練習場所が家から近い利点だなと思う。
 荷物を纏めて和輝は一分と経たずに下りて来た。そのまま玄関へ行く途中、テレビに気付く。


「あ、これ知ってる。イジメの自殺だ」
「ん? あーそうそう」
「本当に、勿体無いよね」
「え?」


 意味が解らないで祐輝は眉を顰めたが、和輝はいつもの笑顔で玄関の扉を開ける。向こうからは光が溢れていた。その時、腕を捲くっていた和輝の左手首にあの傷が見えた。まるで刻印のように残るそれは痛々しい。
 刻印を押されるべきは、自分なのに。
 祐輝が顔を伏せると、和輝は振り返って言った。


「人生のいいところは、何度でもやり直しが効くところだよね」


 そんな言葉を聞いたのは初めてだった。その意味を聞こうと門まで祐輝は出て、あの男を見つけた。


「あ、浩太君。久しぶり」


 和輝は軽く手を振って電光石火の如くいなくなった。浩太は少し顔を伏せて会い辛そうだったが、祐輝を見て一層嫌そうな顔をした。
 何も言わずに、いつものようにいなくなろうとした浩太の肩を祐輝は無意識に掴んでいた。浩太は驚いた表情を向ける。


「何?」
「なあ、浩太……」


 久々に呼ぶ名前だった。浩太は酷く会い辛そうである。


「和輝の事なら、もう謝った。どの道、俺も許される気はねぇよ。八つ当たりであいつの手潰しかけた罪は背負って行く」
「違う」


 浩太は何かと目を丸くした。その時、和輝の言葉が過る。


――人生のいいところは、何度でもやり直しが効くところだよね。


 そう、なんだ。


「なあ、浩太。……お前の事、今でも親友だと思ってるのは俺だけか?」
「は?」
「俺は和輝にあんな事したお前を許す気はねぇよ。でも、お前と涼也は俺にとっては掛け替えの無い幼馴染で親友だと……そう思っているのは間違いか?」


 浩太は答えなかったが、否定もしなかった。


「正解や不正解なんて俺には未だに解んねぇよ。でも、間違いは正せるだろ?」


 その時、浩太はプッと吹き出して腹を抱えて笑い出した。不満げに眉を下げる祐輝にお構い無しである。


「何、笑ってんだよ」
「いや……同じ事を和輝に言われたよ」


 和輝の腕が大分癒えた頃、浩太は謝罪を兼ねて見舞いに行った。その時、和輝は笑って言った。


――俺はいいよ、もう治る。でも、浩太君が間違った事をしたと思うなら正せばいいよ。でもそれは、俺に謝る事じゃないだろ?


 ただの子供だと思っていたら、違ったらしい。
 浩太は苦笑する。


「俺はお前が嫌いだよ。でも、幼馴染だって言う事実は変えられない。それに、お前は俺にとってライバルには代わりねぇんだよ」


 『ライバル』だと言った浩太の表情は明るかった。これまで無視を決め込んだ男と同一人物とは思えない。彼は変わってなどいなかったのだ。
 浩太はそのまま踵を返して歩き出す。祐輝は手を伸ばしかけるが、浩太の話は終わっていなかった。


「お前は、お前の道を頑張れよ。……俺も、頑張るから」


 祐輝は伸ばしかけた手を引っ込めた。その意味を理解したからだ。
 『頑張れ』と言えば本当は全部終わったのだ。何処かで誰かが言えばよかったのに、誰も言えなかった。

 祐輝は苦笑し、呟くほどの声で同じように返した。


「頑張れ」


 ――と。