「青樹は四番か」


 夏川が言った。
 チェンジとなり、晴海はグラウンドへと駆けて行く。高槻はマウンドに上がり、和輝は三塁へと向かう途中だった。一塁へ行く筈の夏川が唐突に言うものだから、和輝は足を止めた。


「ああ、それだけのやつだ」
「……でも、四番はお前だったんだろ」


 シニアの時は。
 夏川の言葉に和輝は頷いた。確かに中学時代のシニアチームでは、四番に和輝、五番に匠が座り、青樹は八番に座っていた。彼の攻撃力を考えれば四番でもおかしくはなかった。


「大和はキャッチャーだったからさ、バッティングには余り関わらないようになっていたんだ」
「なあ、どうしてお前は」
「早く守備位置に着けよ!」


 夏川の言葉を遮って、キャッチャーマスクを下ろした萩原が叫んだ。夏川はチッと舌打ちし、そのまま走り出す。和輝は夏川の届かなかった言葉の先を予測しつつ、黙って守備位置へ向かった。


「どうして、あいつが四番だったん?」


 北里ベンチで、浅賀は水分補給をしながら訊いた。青樹は汗を拭いながら浅賀を見る。


「どうしてだと思う?」
「解らんから、訊いてるんやろ」


 苛立ったように浅賀が言った。
 センスは認める。しかし、あの身長で出来る事なんて限られているのに、どうしてあの白崎匠や青樹を抑えて四番にいたのだろうか。彼が四番である必要なんて、一体何処にあると言うのだ。
 青樹は少し、可笑しそうに答えた。


「あいつには、打てない球が無いんだ」
「は……?」
「どんな球種でも、どんなスピードでも、あいつは常に打ち砕いて来た。試合において、あいつが打点に絡まない事は無い。どんな投手も試合の中で必ず攻略して来たんだよ」


 浅賀は困ったように眉を下げる。


「そんなん、嘘やろ」
「嘘じゃない。塁さえ埋まっていれば、必ず帰した。誰もいなければ自ら出塁し、得点へ繋げた」
「……それがホンマなら、どうやって抑えんねん」
「言っただろ。あいつには蚊帳の外へいてもらう。誰も出塁しなければ、あいつは得点出来ない。あいつが出塁しても、帰してくれる誰かがいなければ駄目なんだ」


 あいつに一発は無い。
 言い切った青樹の言葉は何処か鋭く、冷たく感じた。


「なあ、大和」


 浅賀は目を伏せて言った。


「お前は、あいつが憎いんか?」
「えっ?」
「あいつを見る時、お前はとても冷たい目をする。少なくとも、かつての仲間に向ける目ではないで」


 グラウンドでは、一番打者がバッターボックスに入った。仲間の応援する声がベンチの中にも響いている。浅賀はそれだけ言い、応援の中に混ざった。
 青樹は動けないままだった。自分がそんな目をしているだなんて、解らない。


(憎い訳じゃ、無い)


 自分にそう言い聞かせて、青樹は和輝を見た。
 和輝が、『仲間』に応援の声を掛ける。『後ろは任せろ』と笑い掛ける。その姿を見て、嫌に胸がざわついた。去年、彼が声を掛けていたのは自分達だったのに。


(憎い訳じゃないんだ。ただ、俺はあいつが)


 許せなかった。
 だが、それを言う資格など持っていないことを、青樹は既に気付いている。どれだけ一緒にいたって、相手の心を知る術など無い。だからこそ、青樹は思うのだ。
 彼は一体今、何を思い、何を願い、何の為に野球をしているのだろうか。
 和輝と最後にプレーした、秋も終わろうとする青空を思い出す。今日の晴天とはまるで違う、何処か寂しい鰯雲が鮮明に甦った。
 最後の公式戦だった。


無知の知・1

崩れて行く足場、閉じて行く視界、伸ばした手は何処へ向かう


 最後の公式戦は、全国大会の三回戦だった。
 全国的に有名な橘シニアチームは、関東大会こそ常連だったが、全国大会はそれが初出場だった。蜂谷祐輝や白崎浩太を擁していた頃でさえ、関東大会止まりだったのだが、その下の世代が壁を越えた時、全国から注目され、ダークホース、優勝候補として注目を集めた。
 その運命の日、滋賀のチームとの対戦で、相手は思いも寄らない戦法を取った。当時、四番を勤めていた部内最小の選手であり、キャプテンである和輝。攻撃の要であった彼を、蚊帳の外に追い出したのだ。
 全打席敬遠。それが相手の戦法だった。
 確かに、橘シニアには四番を除いても余りある戦力があった。実力者揃いのチームで、それは些細な事であったし、和輝が敬遠されるのなんて初めてじゃなかった。だから、始めは誰も気にも留めなかった。
 だが、相手は中々に強かった。攻撃は僅かな隙も見逃さず、守備は鉄壁でぐいぐいとプレッシャーを掛けて来る。互いに拮抗し、やがて二点差が開くと空気はピリピリと張り詰めていた。ベンチの中は息苦しいくらいだった。そういう時に空気を和ませるのがキャプテンである和輝だったが、全打席敬遠の中、そんな余裕は無かったのだろう。無理矢理作った笑顔が引き攣っていて、それは安心を与える以上に焦りを生んだ。
 その時の和輝を責めるつもりはない。だって、和輝に一体何が出来ただろう。俺が打つから安心しろとか、任せておけとか、そんないつもの言葉を言える状況ではなかったのだ。だって、彼はその日一度としてバットを振れなかったのだから。
 皆、空気に呑まれていた。そういう時は何をしても上手くいかないもので、攻撃のリズムは崩れ、守備にまで影響していた。そして、点差は開いたまま最終回、九回裏。
 いつだって、ピンチを救うのは和輝だった。一度として彼が一塁を駆け抜ける姿を、バットを振り抜く姿を見ていない。だから、皆必死だった。
 和輝に回せば大丈夫。
 まるで暗示のように、縋るような気持ちで皆で満塁にした。二死満塁。打者は和輝。勝負あった、筈だった。
 最後まで、彼に投げられたのはボールだった。満塁で敬遠なんて有り得ない。しかし、カウントが嵩む程に絶望感はひしひしと伝わった。それを悟ったのだろう、和輝は当たる筈の無いバットを振り切った。審判の「ストライク」という声が響いた。
 ピッチャーを見詰める和輝の目は真剣で、何処か痛々しかった。意地にもなっていただろう、ヤケクソにもなっていただろう。それでも、真っ直ぐ前を見据える姿が悲しかった。匠の声が響いた。


「俺が帰すから! もう、振るな!」


 その声も震えていた。しかし、和輝はまた振り切った。
 ストライク、と無情な声がした。観客からもどよめきが溢れている。ついにフルカウント。最後の一球。和輝が構え直した。けれど、キャッチャーは立ったままだった。
 ボール。和輝は静かにバットを置いて歩き出した。それが、和輝の最後の打席だった。
 押し出しの一点。匠が半ば睨むようにピッチャーを見詰める。だが、青樹は一塁の和輝ばかりを見ていた。メットのツバを深く下げて、表情を隠して機械的にリードする。
 その日は風が強くて、グラウンドは水を撒いたばかりだと言うのに、灼熱の太陽によって水分は蒸発し、酷い砂埃で視界は悪かった。そのせいだったのだろう、匠の打席、フルカウント。最後の一球は、ストライクゾーンから外れたというのに、審判は「ストライク」を宣告した。ゲームセットだった。
 講義の声も無かった。皆、ただただ呆然としていた。相手チームさえも、余りに呆気ない最後に瞠目していたのだ。勝利の喜びも、敗北の悲しみも其処にはなかった。青樹は得点の埋まった電光掲示板を見詰めるばかりで、整列に向かう事すら忘れていた。
 そして、自分達は引退した。
 球場の外で、最後の反省会が開かれた。青樹が呆然とする中、彼方此方から聞こえる啜り泣きを遮るように和輝の凛とした声がした。


「皆、お疲れ。俺達は今日ここで引退だ。確かに悔いの残る結果になったが、それも俺達の力になると信じてる」


 その目には涙も無く、表情には微かに笑みさえあった。立派なキャプテンだと、誰もが思っただろう。
 帰り道、仲間につられて涙を零した青樹の肩を叩き、和輝は笑っていた。



(きっと、和輝は思っただろう。……『仲間がもっと、頼りになれば』って)


 一言も口には出さなかったが、青樹は確信していた。和輝が中学卒業後、殆ど名前も知られていない高校に入学した事がその証拠だ。中学の仲間とも離れ、自分だけの力で勝ち進む為に、独りの道を選んだのだ。俺達を見限り、捨てたのだ。
 だが、青樹は和輝を憎んでなんていない。その通りだと思った。事実、自分は彼の努力に報いる事は出来なかった。
 グラウンドで、一番打者が三塁方向にゴロを打たされていた。サードの和輝が軽く拾い上げ、素早く送球する。流れるようにスムーズな動作だ。審判の「アウト」と言う声が聞こえた。
 続く二番打者。
 マウンドには、あの小さなキャプテンが立っている。


(決して速くはないが、中々良い場所に決まるな)


 才能と体格に恵まれた浅賀に比べれば、鈍間な素人のストレートだ。だが、上手く変化球を組み込んで来ている。内、外、直球、変化球。綺麗に織り交ぜるその様は見事だ。コースを狙っているのなら大したものだが、果たしてそうなのかどうかは解らない。良い具合に荒れているだけかもしれない。
 空振り三振。二番打者がバットとメットのツバを下ろして戻って来る。青樹は擦れ違い様に肩を叩き、ネクストに入った。
 高槻は汗を拭い、バッターボックスからネクストバッターズサークルへ目を移した。
 四番の青樹の前にランナーは溜めておきたくない。和輝の話が本当ならば尚更だ。
 萩原のサインは内角低め。高槻は小さく頷き、ゆっくりとモーションに入った。
 高槻の手から放たれたボールは、萩原の構えるミットに向かって駆け抜ける。だが、その瞬間バッターが笑った。打ちごろの良い球だと思ったんだろう。だが、萩原のサインは、内角低めの直球じゃない。変化球だ。ボールの変化にバットが震えた。
 濁った音がして、ボールはてんてんと高槻の前に転がった。高槻はボールを拾い、ファーストミットを向ける夏川へ向けて投げた。


「アウト!」


 チェンジだ。高槻はマウンドから降りた。
 青樹はその様を眺めつつ、早々に守備の準備の為に動き出した。


「ナイピッチです」


 和輝は高槻の背中に向かって言った。振り返った高槻は無表情だった。


「お前の目は節穴だったのか」
「いいえ。ただの社交辞令ですよ」


 からりと笑う和輝が通り過ぎ、高槻は舌打ちした。相変わらず食えないやつだ、と。
 二回表の攻撃は四番、萩原からだ。バッターボックスに入った萩原を横目に、高槻はドリンクを喉の奥に流し込みながら息を吐いた。


(やっぱり、所詮は二軍だな)


 確かに投手は化け物だ。まだまだ発展途上。将来はあの蜂谷祐輝に並ぶか、もしくはそれ以上になるかもしれない。だが、結局は一年だ。
 打たせて取るという練習を兼ねているのだろうが、まだまだ甘い。その甘さを守備が上手く連携してフォローしているから失点していないのだ。
 更に、今の三人だけで見ても二軍は二軍。一軍のレギュラーとは比べものにならない筈だ。
 後は、噂のルーキー、青樹大和。高槻が彼の話を聞いたのは、中学時代の友人との電話での事だった。
 北里は現在、窮地に立たされている。選手層の厚い筈の強豪校にも関わらず、キャッチャーが不足しているというのだ。強烈な投手陣には以前から定評があったが、それに見合う捕手がいなければ所詮宝の持ち腐れだろう。
 勿論、捕手も普通高校にいれば十分過ぎる程実力を持っているのだろうが、化け物投手が門を叩く北里工業では捕手も化け物でなければならない。
 そんな中で、現れたのが青樹大和だったと言う。長く待ち望んだ存在だと、友人は笑った。
 その青樹が只者の筈、ないだろう。未だに練習試合として投手に多くを学ばせる姿勢を崩さない、やけに冷静な一年捕手。和輝のかつてのチームメイト。
 試合前に一度会わせたが、どうやらただのチームメイトではなかったらしい。顔を見た瞬間の二人の表情は奇妙だった。
 和輝は相変わらず笑顔を崩さず、青樹は涼しい顔をしている。


(不気味だな)


 高槻は静かに思った。
 ベンチがざわめいた。萩原の打球は鋭く三遊間を抜いた。本日二度目のヒットだが、どうなるだろう。一塁へ立った萩原に声援が飛んだ。
 続く五番打者は夏川。高槻は重い腰を上げてネクストへ向かった。
 夏川はバッターボックスに入り、浅賀を見た。やはり、あの浅賀恭輔の息子だ。切れ長な目に面影がある。
 中学時代からの有名人だ。サラブレッドと呼ばれても尚、周りの期待に押し潰される事も無く、何の迷いも葛藤も無く、自分の信じた道を真っ直ぐ走り続ける男。
 浅賀は表情を動かす事無く、黙って頷くと素早く構え、投げた。余りの早さに一瞬驚き、夏川のバットが震えた。


「ストライクッ!」


 ナイピー、と気の抜けた声で青樹が言う。夏川は横目に青樹を見た。
 どうやら、彼は本当にこの練習試合を試合形式の練習として終わらせる気なのだろう。嘗められている、と夏川が構えた。だが、次の瞬間、浅賀の左手から離れたボールが一瞬でミットに吸い込まれた。


「ストラーイクッ!」


 夏川は動けなかった。
 青樹は相変わらず飄々と返球する。その隙に、低い声が問い掛けた。


「……嘗めてんですか?」
「何」
「俺達は、この練習試合、本気で勝ちに来てるんですよ」


 キャッチャーマスクの隙間から、やけに鋭い眼光が夏川を射抜いた。それまで見せて来た穏やかさがまるで嘘のような冷たさに、夏川は背筋を冷たいものが走るのを感じた。
 この冷たさは一体何だ。その答えを得ぬまま、正面で浅賀が構える。
 左手が空へ向かって伸びる――そして、一気に振り下ろされた。放たれたボールは白い閃光のように一瞬でミットの中へ消えて行った。


「ストライク! バッターアウト!」


 夏川は動けなかった。バットを振る事さえ出来ず、バッターボックスから出る事さえ忘れて呆然と立ち尽くしていた。


(これが、浅賀達矢……!)


 自分の投球には自信もあった。世間で天才と囁かれるこの浅賀にしても、蜂谷祐輝にしてもそこそこ張り合うくらいの事は出来るだろうと思っていた。だが、これは格が違う。
 夢も自信も根こそぎ奪って行く、悪夢のような球だ――。
 七番打者である千葉が、夏川をベンチへと促す。夏川は呆然と掌に張り付いたバットを引き摺って歩き出した。


「どうだった、浅賀君の球は」


 ベンチに戻るなり、和輝は笑顔を浮かべたまま言った。


「化け物だろ」


 夏川は答えない。


「コントロールもいい。でもまあ、やっぱり一年の投げる球だよな」


 へらへらと笑いながら言う和輝のその態度が癇に障る。夏川が反射的に、和輝の胸倉を掴もうと伸ばした手は空を切った。


「何を怒ってるんだよ」


 変な夏川。
 そう言って和輝は背中を向けた。夏川はそのまま倒れるようにベンチに座り、深く息を吐いた。バッターボックスには千葉。桜橋はベンチからダミーサインに混ぜて、サインを出す。
 サインを受け取った千葉は了解のサインを出し、静かに構える。桜橋のサインは、送れというものだった。


「哲学者のソクラテスは」


 突然声がしたので、誰かと振り返れば藤がいた。


「自分自身が無知であると知っている人間は、自分自身が無知である事を知らない人間より賢いと言った。真の知への探求は、まず自分が無知である事を知る事から始まると言う事だ」
「俺が無知だって事ですか」


 藤が小さく笑った。


「自分で考えろ」
「……」


 夏川は舌打ちし、グラウンドへ目を戻した。
 千葉は浅賀の剛速球にも物怖じせず、それを一塁方面へと転がした。素早く浅賀が拾い上げる。そして、滑らかな送球。


「アウト!」


 しかし、二塁にいた萩原は三塁へ。二死、走者三塁。
 そして、バッターボックスに高槻。


「さて、勝負どころだな」


 桜橋は楽しそうに目を細めた。
 夏川はベンチに座ったまま、グラウンドを見詰める。やはり、高槻は小さい。はっきり言って、高校生にはとても見えない。だが、桜橋のサインは打てと言うものだった。
 高槻に打てると言うのか、と夏川は皮肉っぽく思った。当てるのがせいぜいだろう。あの身長で、長打が打てる訳無い。和輝のように守備の隙間をまるで縫うように打つ程、優れたバッティング技術を持っているようにも思えない。
 だが、夏川の予想はあらゆる意味で裏切られた。
 グラウンドに響いた高音。打球は高槻が打ったとは思えぬほど強く鋭く、内野を一瞬で抜き去ると外野へ転がった。三塁の萩原が本塁へ突っ込む。
 砂埃が舞った。一瞬遅れて届いた外野からの送球が、青樹のミットの中に空しく収まっていた。


「セーフ!」


 審判の声が届き、晴海ベンチはわっと盛り上がった。
 無事帰還した萩原と桜橋が拳をぶつける。二死走者一塁。


「やっぱり、キャプテン野球上手だな」


 ぽつりと和輝が言った。夏川はその言葉を聞き、苛立った。
 見掛け倒しのお前とは違って?
 和輝がそんな事を言っていないと解っていたが、夏川にはそう感じられた。彼が言う筈も無いのに、厭味のように聞こえて夏川は和輝を睨んだ。和輝は少し驚いたように「何だよ」と言った。
 「別に」と短く答え、夏川はまた目をグラウンドに戻した。和輝は困ったように笑い、横に座った。


「さっきから、何を卑屈になってるんだよ、お前」


 穏やかに問い掛ける和輝の声は酷く優しかった。だが、その分だけ夏川は自分が惨めに感じられた。
 たった一打席、それも最初の打席だ。たただ見送り三振であっただけなのだ。それなのに、浅賀の球は夏川が今まで積み上げて来たプライドや自信を根元から崩して行ったように思う。


「浅賀君はすごい投手だよ。今打てなくても、次打てばいいじゃん」
「うるせぇ」
「まだ、一打席目だろ? そんなに深く考えるなって」
「うるせぇ」
「お前ならこの試合中に攻略出来ると思うぜ? なあ、なつか」
「うるせぇ!!」


 夏川が突然大声を出したので、皆が振り返った。肩を叩こうと伸ばした和輝の手は空中で停止していた。


「慰めなんざいらねぇ! 俺は気になんてしてねぇよ!」


 和輝は何かを言おうと口を開いたが、困ったように眉を下げて手を戻した。


「なら、いいけど」


 それ以上、和輝は何も言わなかった。
 子供のように足をブラブラと揺らせ、グラウンドに目を戻した。

2009.8.5