なるほど、蜂谷和輝とは、学校だけでなく全国的に有名な少年だったようだ。
 行き慣れた蓮見の自室には最新の薄型ノートPCがある。インターネットに繋いでその名を検索すれば、一般人とは思えぬヒット数に度肝を抜かれた。醍醐は、隠し撮りとしか思えない画像の数々を訝しげに睨みながら唇を尖らせる。
 先程、出会ったばかりの蜂谷和輝とは少女が騒ぐのも無理ない容姿であったけれど、それ以上に高校野球界ではヒーロー的存在だったようだった。神奈川の王者である三鷹学園を倒し、甲子園へ王手を掛けたダークホースが晴海高校だった。部員ギリギリという逆境の野球部を勝ち進めた立役者として蜂谷和輝の名前が挙がっている。そして、忘れもしない昨年の優勝校、埼玉の翔央大学付属高校のエース、現在はプロ野球選手、蜂谷祐輝の実弟。肩書に負けないだけの実力と成果は上げているようだ。
 そんな有名人がこの町で平然と生活しているのだ。隠し撮りされるのも当然だなと、視線の合わぬ画像の数々を鼻で笑った。
 蓮見は醍醐を一瞥して言った。


「解ったろ、この人は本当にスゲー人なんだよ」
「だから、何だよ。俺は気に食わねぇ」


 まるで、ヒーローだな。
 一人の高校二年生の男子生徒に過ぎないのに、人々から祭り上げられる様は哀れだ。画像の中の少年は人好きのする無邪気な笑顔を浮かべている。
 興味が失せた醍醐は画面から視線を外し、大きく背伸びをした。蓮見も電源を落としながら、欠伸を一つ。けれど、その直後、思い出したように付け加えられた情報に醍醐は耳を疑った。


「まあ、傷害事件も起こしてるし、何かと話題に事欠かない人だよな」


 傷害事件。
 晴海高校入学に伴い、幾度と無く耳にして来た言葉だ。学校側はそれを隠蔽したいようだが、人の口の戸は立てられない。人々の間で跳躍跋扈するその噂は大半が根も葉もないものだと思っていたけれど、蓮見が口にするのではその重みが違う。それだけ、彼の情報には信憑性があった。


「傷害事件……。あいつが起こしたの?」
「らしいぜ。まあ、補導されただけみてぇだけど」


 とんだヒーローじゃないか。馬鹿げてる、と醍醐は足元にぞんざいに投げ捨てた鞄を担いだ。
 用事がある訳では無いけれど、糊の利いた制服を何時までも着込んでいるのは余りに居心地が悪い。一度帰って着替えようとする醍醐の背中に、蓮見が言った。


「今日、隆は練習だろ?」
「ん? ああ、そうだよ」


 隆というのは醍醐の弟で、現在中学二年生だ。兄と同じく野球少年で、今は地元のシニアチームでピッチャーをしている。
 大して強いチームではないが、中々筋が良いとは思う。本人もやる気満々で練習が無い日は仲間と草野球をしているのだ。人数が足りない時には醍醐も駆り出されるのだが、生憎、今日は呼ばれていない。
 ノートPCを閉じながら蓮見は醍醐を見て言った。


「見に行こうぜ」
「はあ? やだよ、だりぃ」
「どうせ暇だろ。さっさと仕度して来いよ」


 隆の活動するシニアチームは、昨年まで、醍醐と蓮見も所属していたのだ。興味が無い訳ではないけれど、退屈な入学式に加えて余計な口論までして来た後だ。さっさと家に帰って昼寝でもしたいところだが、蓮見はそれを許しはしない。
 強引に家を追い出されて、自宅で渋々着替えていると、玄関から急かすように自転車のベルが鳴る。蓮見は本当に自分勝手だ。
 ロンTに穿き慣れたジーンズというラフな服装で玄関を潜ると、薄手のカーディガンを羽織った蓮見が此方を見てくつりと笑った。自転車を押して車道に出るが、閑静な住宅街に位置する自宅周囲に車の影は一つも無い。決して見通しが良い訳では無いけれど、余りの車の通行量が少ない事故は未だに零だ。そんなことを誇りにする住民の気持ちは解らないけれど、安全に越したことは無い。醍醐は勢いよくアスファルトを蹴った。
 目的地は律見川の河川敷だった。それなりに整備の整ったグラウンドはきちんと予約し、自治体に申請しなければ使用出来ない程だが、それでも予約は既に三か月先まで埋まっているという。その殆どが地元のシニアチームやサッカーチームだ。
 グラウンドには既に弟の姿があった。仲間とミニ試合をすると今朝聞いた覚えがあり、せっせと整備する様は中々感心出来る。今日は人数が足りているとのことだがら出番は無いけれど、草生す川原の斜面からグラウンドを見下ろせば懐かしい気持ちが込み上げる。
 数か月前まで、あの場所に立っていたのは自分だった。マウンドの上から見下ろすバッターボックス。正面に待ち受ける蓮見のミット。静まり返ったグラウンドに響く審判のコール。渇いた土の匂いに、グラウンドを包む緊張感。何もかもが懐かしい。
 プレイボール。弟達の長閑な試合が始まった。マウンドの弟を自分を重ね見る。羨ましいと、思ったのは秘密だ。
 醍醐とて、高校でも野球は続けるつもりだった。晴海高校野球部は嘗ては名門チームだったが、ここ数年は甲子園から遠ざかっている。去年こそ甲子園かと思われたが、件の傷害事件により出場辞退。そんなガタガタのチームで甲子園を目指せるとは思っていないけれど、徒歩で通える圏内の学校を選んだ醍醐とて、夢見ない訳では無い。
 甲子園――。高校球児の夢の舞台だ。
 割れんばかりの歓声、陽炎立ち上るグラウンド、真剣勝負の選手達。その中に飛び込んでみたいと思ったことも一度や二度ではない。何時か必ず――。
 醍醐が胸の内に誓った時、隣の蓮見が「あ」と間の抜けた声を上げた。


「あれ、蜂谷和輝じゃね?」


 川沿いの砂利道を、のろのろと歩く二人の男子生徒。数刻前会ったばかりの蜂谷和輝と、白崎匠。見間違う筈の無い輝くような空気を放ちながら、蜂谷和輝は穏やかに笑っている。
 肩から下がったボロボロの鞄に比べて、まるで新入生のようにピカピカの制服。醍醐は舌打ちをした。


「こんなとこ歩きやがって、胸糞悪ィ」


 醍醐の勝手な言い分など蓮見は聞き流し、少しずつ近付く二人を見ている。と、その時。
 グラウンドから聞き覚えの無い乱暴な声が響いた。


「――ガキが邪魔臭ェんだよ!」


 弾かれるようにして目を向けた先、それまでいなかった筈の見知らぬ高校生がグラウンドを横切って行く。だらしなく着崩された制服は近くの高校のものだろう。毒々しいと感じる鮮やかな金髪に醍醐は目を細めた。
 グラウンドに散っていた少年達がわらわらとマウンドに集まって行く。高校生は整備されたグラウンドを荒々しく踏み締め、少年達の輪を睨み下ろした。


「誰の許可得て使ってんだよ。あ?」


 馬鹿にするように見下すその様は酷く不快だ。けれど、自分達より大きな高校生を相手に萎縮する少年達の先頭で、隆ががんとして言い放つ。


「ちゃんと予約して使ってます!」
「そんなこと聞いちゃいねーんだよ! ぶっ殺すぞ!」


 ゲラゲラと笑い合う高校生に、怯えたように小さくなり囁き合う少年達。
 蓮見が声を掛けようとした時、既に醍醐は斜面を駆け下りていた。


「何なんだよ、お前等!」


 突然の乱入者に、高校生の集団がぞろりと目を向ける。流石に威圧感があった。
 真正面から突っ掛る醍醐に、蓮見は溜息を零しながら後を追った。砂利道を歩いていた和輝が、ふと目を向ける。
 明らかに年上だろう喧嘩慣れした様子の高校生達にも怯むことなく醍醐は食って掛かる。


「此処は予約制なんだ。お前等にとやかく言われる筋合いはねぇんだよ!」


 元来の短気さで、損したことは数知れない。それでも譲れないものがある。
 先頭の金髪の男が眉間に皺を寄せて詰め寄る。醍醐の後ろで、弟が小さく呼び掛けた。それに振り返ることもなく醍醐は睨み合った。両者一歩も譲らない状況で、蓮見が間に割って入った。


「まあまあ、兎に角、落ち着きましょうよ」


 醍醐を諌めながら、見知らぬ高校生に笑顔を向ける蓮見も中々胆が据わっている。それでも食って掛かる金髪の男に蓮見も冷や汗を浮かべるばかりだ。乱闘になれば万に一つの勝ち目も無い。警察を呼ぼうかとポケットの携帯を探り、蓮見ははっとする。
 定位置にある筈の携帯が、無い。如何やら忘れたらしい。
 続ける言葉を模索する蓮見の肩越しに、再び高校生達と醍醐が言い争う。


「お前等みてぇなガキのお遊びにゃ、勿体無ェんだよ!」
「ふざけんな! こいつ等は真面目に練習してんだ!」


 何を言っても火に油を注ぐ状況で、蓮見の視界に見覚えのある人影が映った。
 一塁側のベンチで、のうのうと見物している少年が二人。見間違う筈が無い。一際小さな少年から、変声期を迎えていないような澄んだボーイソプラノが響いた。


「なら、野球で決めたらいいんじゃないか?」


 にこり、と。
 その場に満ちた緊張感すら消し去る美しい笑みを浮かべて蜂谷和輝が言った。突如上げられた提案に瞠目する面々に、和輝は完璧な微笑みを崩す事無く歩み寄る。


「どちらがグラウンドを使うに相応しいか、決めたらいいだろ。なあ?」
「――ンだと、このガキ!」


 金髪の男が、無関係の通行人の出過ぎた行為に拳を振り上げる。だが、それが振り下ろされることは、無かった。
 すっと細められた目に、凍り付くような冷たく鋭い光が宿っている。この目を、知っていると醍醐は思った。振り上げられた拳は凍り付いたように動かず、無理な体勢に男の関節がぎしりと軋む。
 和輝に表情は、無い。


「それを振り下ろすか如何かは、あんたの勝手だ」


 やりたきゃ、やれよ。
 静かに言い放った和輝に、反論出来る者などいなかった。それまでの穏やかな笑顔を消し去った絶対零度の視線に逆らえる者などいない。沈黙した男の拳を、横から匠が掴んだ。耳元で囁き掛ける匠の声は唸るように低い。


「弱い犬程、よく吠えるって言うぜ。あんたは、如何かな」


 そうして、匠は男の手段も逃げ道も塞ぐ。
 自棄になったように男は匠の手を振り払った。


「やってやろうじゃねーか! ああ!?」


 唾でも吐き捨てたいだろう苛立ちが、蓮見には手に取るように解った。全ては乱入者の和輝の筋書き通りなのだろう。二人から遠ざかるように三塁側のベンチに腰を下ろした男達を横目に、醍醐は和輝をじろりと睨んだ。けれど、そんなもの気にもしない和輝が口元に笑みを浮かべて言った。


「また会ったな、一年坊主」
「俺は会いたくなかったよ」


 睨むように醍醐が言えば、可笑しそうに和輝が笑う。先程の凍り付くような空気は一瞬にして霧散していた。
 堂々とベンチに腰掛ける和輝は試合に関わる気は毛頭無いらしく、蓮見は溜息を零す。少年達の輪に入って行く醍醐の背中を見ながら、蓮見は馬鹿馬鹿しいと悪態吐きながら和輝に言った。


「携帯貸して下さい」
「無い」
「はあ?」
「俺は携帯持ってないんだよ」


 お手上げだと両手を広げる様は演技染みているが、どのみち和輝の手から携帯は手に入らないのだろう。舌打ち交じりに隣の匠に目を向けるが、同様に人を食ったような笑みを浮かべている。


「見知らぬ人間に貸す程、俺は御人好しじゃねーよ」


 にやにやと笑う匠は、この状況が可笑しくて仕方が無いようだった。醍醐が警察に通報することを良しとしないことは付き合いの長さ故に十分に解っている。呼びに行く間も無く醍醐が蓮見を呼んだ。勝負は、避けられないらしい。仕方が無いと溜息交じりに走って行く蓮見の背中に和輝はひらひらと手を振っていた。
 輪の中では柄の悪い高校生集団と遣り合う為の打順と守備位置が会議されていた。当然のようにキャッチャーミットを手渡され、蓮見は肩を落とす。マウンドに醍醐が上がるのは解っていた。となれば、長年バッテリーを組んで来た自分が指名されるのは当然の流れだ。
 頭を突き合わせて囁き合う中で、隆が言った。


「あの人、一体誰なの?」


 隆の視線の先には、退屈そうに欠伸する和輝の姿がある。醍醐が答えた。


「蜂谷和輝っつう、高校生だよ」
「蜂谷和輝?」


 その名前が挙がった瞬間、少年達はざわりと復唱した。こんな中学生の少年達が知る程の人間なのかと、醍醐は不審に思った。隆は横目に和輝の様子を窺いながら尋ねる。


「あの人に助っ人とか、頼めないのかな?」
「冗談! あいつと同じグラウンドに立つなんて、虫唾が走るぜ!」


 わざと大きな声で聞こえるように言う醍醐にも、和輝は興味が無いように視線すら寄越さない。
 ホームで高校生集団が醍醐達を急かした。この訳の解らない状況を引き起こした張本人でありながら、悠々と足を組む様にも苛立つ。足音を立ててホームに向かう醍醐の背中を見詰めながら、蓮見は面倒なことになったと後頭部を掻いた。




2.ヒーロー<前編>




 バッターボックスには茶髪の高校生。マウンドに醍醐環。可笑しな状況だと、キャッチャーを務める蓮見は何一つ防具を身に着けずに思った。サイズが無かったのだ。ミットも自分のものとは違い小さく酷く使い辛い。大して高校生集団は安っぽいが自分達の道具を持っていた。曲がりなりにも野球に携わっている人間なのだろうと横目に見遣る。
 防具無しの状況は初めてだったが、蓮見は落ち着いていた。それは、目の前の投手――醍醐を信用しているからだ。彼の球を捕り損なうことなど有り得ないと思っていたし、お遊びの野球しかしていないような高校生に、醍醐の球がチップされるとも思っていない。


「プレイボール」


 やる気の無い審判、匠が蓮見の後ろで言った。如何して、この訳の解らない状況を引き起こした蜂谷和輝ではなく彼が審判をしているのかは疑問だったが、どうせ、どちらが審判をやったとしても何も変わらないのだろう。
 醍醐が構える。後ろを任す中学生達はこの状況に萎縮している。信頼は出来ないな、と蓮見はサインを出した。
 初球――。内角高め。顔面に迫るようなストレート。それが当たる筈が無いと解っていても、高校生は可笑しい程に仰け反った。


「ストラーイク」


 間延びした匠の声が響く。ボールだろう、と高校生達が騒ぐが、匠は意にも返さずにスイングを宣告する。
 顔を狙いやがった。汚ぇ。ぶっ殺してやる。勝手なことを吐き出す連中に、蓮見はほとほと疲れを感じた。こんなもの戦略の一つだろう。それ以上に彼等の暴言がまず、立派な妨害行為だ。
 醍醐に返球し、蓮見は次のサインを出す。もう一球、ストレート。
 一塁側のベンチに悠々と座っている和輝は、へえ、と感心したように言った。


「中々、良い球投げるな」
「はい! 兄ちゃんは、チームのエースでしたから!」


 はきはきと隆が答えた。試合に参加したかっただろうが、醍醐がピッチャーに上がれば隆の出番は無い。それも構わぬという澄んだ目は、真っ直ぐに兄を信頼していた。和輝は微笑ましいと隆に笑みを浮かべた。


「硬球の扱いに慣れてるな。もしかして、シニア出身?」
「えっと、ボーイズです。降矢サンダースって、知ってます?」
「解んねぇや。俺、シニア出身だから」
「知ってます」


 びしりと言い切った隆の目には真剣な光が浮かぶ。


「橘シニアの、蜂谷和輝さんでしょ? この辺りで野球やってる奴は、大体皆知ってますよ。伝説ですもん」
「そりゃー……、なんていうか、有難い話だな」


 グラウンドから、全くやる気の感じられない匠の声がする。早くも先頭打者は三振し、既に二番手も追い詰められている。
 上背は無いが、良い球を投げる。醍醐の投球を遠目に眺めながら和輝は目を細めた。
 平均球速は120km程だろうか。狙っているのか、丁度良く荒れているのか良いコースに決まる。返球を受けてから投球までが非常に早くリズミカルで、即席で組んだバッテリーでないことは誰の目にも明らかだ。単調になりがちな投球を、蓮見が絶妙のタイミングでずらして打者のスイングを乱している。危なげ無く取り零しも無い蓮見の技術も相当なものだ。
 良いバッテリーだと思う。慣れていない防具故か、アップ不足か醍醐のフォームは若干不安定だが、それを蓮見の巧みな配球がカバーしている。そして、醍醐も投げた後は九人目の守備であることを忘れずに素早く構えていた。
 呆気無く三者三振。匠が怠そうにチェンジと言った。
 満面の笑みを浮かべてベンチに戻って来る醍醐は中学生達に声を掛けている。その醍醐がどうだ、と言わんばかりに和輝を見た時、本人は主審でありながら大欠伸をする匠を見て笑っていた。
 忌々しげに悪態吐き、態とベンチから離れた地面に胡坐を掻く醍醐に、グラウンドに目を向けたままの和輝が言った。


「しっかり、グラウンドを見ておくことだ」
「あ?」


 バッターボックスには中学生が入る。前後から知らぬ高校生に挟まれ完全に萎縮しているが、仲間が喉が裂けんばかりに声援を送っている。振り絞るような声援の中で、酷く澄んだ目で和輝が言った。


「あいつ等は素人じゃねーっつってんだよ」


 その瞬間、ミットから重く乾いた音が響いた。バットを持った中学生はそれを振ることすら忘れ、恐怖と驚愕に立ち尽くしている。
 和輝は悪童のような笑みを浮かべ、頭の後ろで手を組んだ。


「この打順は失敗だと、俺は思うぜ?」
「何だと!」
「四番に強打者が座るのは定石だ。お前等がクリンナップなのは解らなくも無い。でも、お前等は一番打者の役割を軽く見過ぎてる」


 一番打者は、手も足も出ない。バットを振ることは愚か、碌に構えることも出来ずに見逃し三振だった。また、匠の面倒臭そうな「アウト」の声が聞こえた。和輝の言葉の先を待つ蓮見の目は、それまでの不満を忘れたように真剣だった。


「ほら、呑まれた」


 無表情に吐き捨てた言葉の通り、続く打者も見逃し三振。中学生だからと言って、下手な訳ではない。実力は其処等の高校生に負けはしない筈だった。それが手も足も出ず、見逃し三振など。


「アウトー。チェンジー」


 抑揚のない匠の声が届く。防具を持つ皆の腰が重い。和輝の目は真っ直ぐグラウンドに向いている。


「一番打者は、最も多く打席に立つ選手だぜ?」


 可笑しそうに言った和輝に、醍醐は苛立った。
 じゃあ、お前なら如何するって言うんだ。一番に座るのかよ。訳の解らない状況引き起こして置いて、傍観者決め込んでる奴に何も言われたくない。醍醐は背中を向けた。けれど、和輝の言葉は的を得ている。
 再びマウンドに上がった醍醐の視線の先に、あの金髪の男が立っていた。

2012.2.12