「悪ィけど、先に歩いててくれ」


 和輝と奈々を先に帰らせ、一人高槻の病室に残る。匠は扉が確かに閉じたことを確認した上でベッドの上で身体を起こすだけで精一杯なまでに筋力の低下した高槻を一瞥する。
 出口の無いトンネルのようなこの一年、それでも和輝が歩みを止めなかったのは高槻がいたからだ。
 目を覚ますことなど無いと言われ、脳に障害を残し嘗ての面影等微塵も残らないだろうと言われた高槻だ。けれど、和輝にとってはそれだけが唯一の光だった。無機質に響く電子音と、僅かに伸びる爪。それだけが和輝にとっての、高槻の生きている証だった。
 静まり返った病室は重い沈黙が支配した。直接的な面識等殆どない匠が高槻に話すことなど無かった。
 据え付けられたような自然さで傍に置かれたパイプ椅子に腰を下ろし、匠は窓の外に目を向ける。耳障りな雨音がノイズのように耳を侵していく。大きく溜息を零し、重い口を開こうとした匠を遮って、ぽつりと高槻が言った。


「お前にも感謝してるよ」


 言葉を遮られたことに驚きながら、匠は口を開いたまま動きを止めた。
 けれど、そのまま口元を釣り上げて皮肉っぽく嗤う。


「感謝される謂れもないですよ」


 言えば、今度は高槻が皮肉っぽく嗤った。


「……そうかもな。お前は、お前の思うようにして来ただけだろうから」


 この人には一体何が見えているのだろう。まるで自分の心の内を見透かされているような居心地の悪さを覚えながら、匠は続ける言葉を持たなかった。
 高槻は浮かべた笑みを消し去ると、何処か畏まった固い声で言った。


「それでも、今の和輝がいるのは、お前のお蔭だろう。俺が目を覚ますことの出来たこの世界に、あいつがいてくれたことを感謝する対象はお前しかいないんだよ」
「俺は、何もしてねーよ」


 不意に口を出た言葉に敬語など付けられなかった。自分の失態に気付きながら、匠は苛立ったように続ける。


「あいつは何時だって独りで乗り越えて来た。俺なんかいてもいなくても、」


 其処で、高槻が微かに笑った。小馬鹿にされているような気分で顔を顰めれば、高槻が手を立てて小さく謝罪する。


「同じこと、あの子も言ってたよ」
「……奈々が?」


 高槻が頷いた。
 それから窓の外に視線を向け、高槻は言う。


「この一年、確かに和輝は苦しんで来ただろう。でも、それ以上に苦しかったのはお前だったんだろうな」


 あんたに、何が解る。
 口から零れそうな叫びを如何にか呑み込み、匠は忌々しげに高槻を睨む。
 この人には、解らない。あの頃の和輝を見てもいない。知りもしない。それなのに、ただ其処にいるだけでその全てから簡単に救って見せた高槻には解らない。何より、解って欲しくない。
 そう考え、匠は唐突に気付いた。そうか、俺は、悔しかったんだな。
 和輝の兄である祐輝のように支えになれた訳でもない。奈々のように抱き締めてやれた訳でもない。高槻のように救ってやれた訳でも無い。ただ傍にいることしか出来なかった。
 中学の頃、何も考えず夢中で白球を追い掛けた自分達とはもう変わってしまった。和輝は自分の道を選び、其処で支えを、温もりを、光を見付けた。振り返れば其処にいる自分達の距離は何時の間にか随分と離れてしまった。
 和輝の一番は、俺じゃない。


「……はは」


 乾いた声で笑う。高槻は無表情だった。
 匠は額を押さえ、零れ落ちる無意味の笑いを止められなかった。
 空しい。酷く滑稽だ。俺が此処にいる意味は無い。俺は、何の為に。
 高槻が言った。


「ずっと傍であいつの苦しむ姿を見続けて来たお前が、辛くない筈が無い。だけど、お前がいたから――」
「俺がいたって」


 崩れ落ちるように、匠は俯いた。


「俺がいたって、あいつを救ってやれなかった……!」


 脳裏を過るこの一年の記憶はまるで嵐のようだ。
 匠の消えそうな声を拾い上げ、高槻は窓から視線を動かすこと無く言い放った。


「お前がいなかったらと思うと、俺はぞっとするけどな」


 その言葉の意味を追求しようと顔を上げた匠のポケットで、電源を落とし忘れた携帯電話が傍目にも解る程に振動した。
 思わず取り出した携帯電話のディスプレイに浮かぶ着信の表示。二つ折りのそれを開けば幼馴染の少女の名が浮かんでいた。高槻に遠慮することなく仕方なしに通話ボタンを押す。掛け直せと言うつもりで開いた口は、切り出された悲鳴にも似た奈々の声に遮られた。


『匠、和輝が――!』


 切羽詰まった声に、匠はもう、弾かれるように走り出していた。




21.Somewhere Over The Rainbow<後編>




 何時だって見上げた先に空は無くて。


 厚い雲が覆い隠した夜空から降り注ぐのは星ではなく冷たい雨だ。アスファルトすら抉りそうな鋭い大粒の滴が、地上を洗い流すように降り続いている。
 足元を浸す雨水を跳ね上げながら、外灯すら霞む道を走り続ける。心臓が激しく拍動し、今にも破裂してしまいそうだ。どれ程走り続けたのか解らない。頭の中で響き続く警報に酔いそうになる。


「――こっちだ!」


 背後から突然掛かった声に、心臓が跳ね上がった。
 追い掛ける無数の足音、叫び声。彼方此方に反響しては耳鳴りのように心臓をざわつかせる。

 逃げろ。

 何処からともなく発せられた指令に従って、崩れ落ちそうな足が動き出す。
 ばしゃん。跳ねた水がずぶ濡れのスラックスに染み込んだ。


「逃がすな!」


 男達の声に、和輝は疾走し続ける。病院界隈は自分の庭だと自負していたけれど、昼間と夜中はまるで違う。自分の現在地すら把握出来ないまま我武者羅に走り続ける和輝に目的地など無かった。
 ただ、逃げること。彼等を撒くこと。それだけだった。
 病院を出てすぐ、外灯の少ない帰り道を奈々と二人で歩いていた。一つしかない傘を二人で差して辿る帰路は如何してか懐かしく感じた。中学時代はよくこうして並んで歩いたなと過去を懐かしむ和輝の後ろで、不意に掛けられた声。肩を跳ねさせた奈々が咄嗟に和輝の腕を左腕を掴んだ。
 背後にずらりと並ぶ男達に見覚えなど無かった。豪雨の中で傘すら差さず、パーカーのフードだけで雨を凌ごうとするのは酔狂を通り越して愚かだと称さざるを得ない。それでも外灯を反射する毒々しい染髪と揺れる無数のピアスに好青年という印象を持つ筈も無かった。
 何と声を掛けられたのかなど覚えていない。ただ、じりじりと距離を詰める男達に囲まれる前に、和輝は奈々の腕を掴んで傘を投げ捨て走り出した。
 夜目が利くのか、夜の街に慣れているのか、幾ら走っても撒けない男達に奈々の体力の限界を感じ、和輝は立ち止まった。
 奈々を物陰に押し込んで、男達を惹き付けて走り出した。
 背後に響く声の様子から、奈々は見付からなかったようだ。安堵しながら、それでも和輝は走り続ける足を止めない。奈々が無事なら、自分一人だけなら如何にか出来ると思っていた。


「捕まえろ!」


 捕まるかよ。
 内心、そう吐き捨てて和輝は笑う。それでも崩れ落ちそうな両足が自分の意思を裏切って震え出す。
 怖くなんてない。こんなもの、怖くなんてない。
 怖いと思うものなら、もう沢山知ってる。これは怖くなんてない。自分に言い聞かせながら、闇に反響する声が相手の居場所を撹乱する。知らず右腕に負担を掛けていたのか燃えるように熱い。鈍痛が思考を鈍らせる。

 怖くない。
 怖くなんて、ない。

 こんなところで終わる訳にはいかない。捕まるもんか。
 目前に迫った夢の舞台。やっと届く。もう二度と誰にも奪わせやしない。

 刹那、足元に滑り込んだ銀色の光に目を奪われる。追い掛けるように響いた金属音に疲弊し切っていた足が崩れ落ちた。
 かくんと、力が抜けるように倒れ込めば雨水が派手に飛び散った。足元に投げられたぼろぼろの金属バットと背後に迫る無数の足音。降り注ぐ豪雨がまるで悲鳴のように耳を貫く。


「手古摺らせやがって」
「何だ、男だけかよ」
「女は何処だ」


 前から、横から迫る声に腕だけで後ずされば背中が塗炭の壁に衝突した。
 ずぶ濡れのパーカーは重く垂れ下がり、長い前髪がその顔を隠す。外灯の光を反射して銀色のピアスが輝く。
 その瞬間、何処からか声が聞こえた気がした。


――蜂谷和輝だな


 鼓膜に焼き付いた声。全身を撫でる冷たい風。総毛立つ寒気に体中から血の気が引いた。
 違う。こいつ等はただのゴロツキだ。

 そう、解っているのに。
 僅かな明かりの照らす帰り道、電車の通過音、不意に掛けられた声。
 毒々しい金髪も、無数に揺れる銀色のピアスも、派手なスニーカーも、汚れたスウェットも。
 廃工場に満ちた空気、埃塗れの床、僅かに差し込む月光、歪んだ笑顔の少年。


(違う!)


 自分に言い聞かせるように叫んだ声は形にはならなかった。
 途端に体中が自分の意思とは関係無しに震え出す。それを自分達への怯えと取った男達がげらげらと指を差して嗤った。


(怖くなんてない。此処はあの場所じゃない。こいつ等は、あの人じゃない)


 それでも止まらない震えが可笑しくて堪らないように、一人の男が笑いながら足を振り上げた。身動き一つ取れなかった和輝の横っ腹に尖った靴の先端が突き刺さった。
 微かな呻き声と共に和輝の体は雨水の上を滑った。
 起き上れない和輝の傍で、激しい雨に泡立つ水溜まりが指先を沈める。


「格好付けて女庇ったつもりかよ!」


 振り上げられる爪先が、和輝の頬を撫でた。
 水に沈む指先が震えている。アスファルトを引っ掻いた爪が嫌な音を立てた。


(怖くなんて、ない)


 視界が歪むのは酸欠か、それとも。
 和輝は拳を握った。


「お前等、なんか」


 暗闇の中で俯いたまま、絞り出すように言い放つ。
 怖くない。怖くない。怖くない。
 此処は、あの場所じゃない。必死に言い聞かせながら男達を見遣る和輝の目はナイフのように鋭かった。追い詰められている者とは思わせぬ眼光に萎縮する男達の中一人、金属バットをカラカラと引き摺りながら男が歩み寄る。


「ぶっ殺してやる!」


 振り上げられたバット。
 視界が一瞬白く瞬いた。


 怖くなんか、ない。


――嘘だ。


 怖いよ。
 怖い。
 怖い怖い怖い。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 何時だって見上げた先に空は無くて、底冷えする暗いトンネルを独りで歩いていた。
 遥か遠くに霞む出口の光だけを頼りに、歩き続けることが当たり前だった。何時か、あの光に届くと信じることが唯一の希望だった。


「――た、すけて」


 震える声が紡いだ微かな声。振り上げられたバットは容赦無く振り下ろされる。
 一年前も同じように、右腕と右肩を砕かれた。まるで取るに足らない塵のように、不必要だと捨てられた玩具のように。


「たすけ、て」


 お前なんかいらないんだ。夢なんて捨ててしまえ。嘲笑う誰かの声が今も耳の奥に残っている。
 死んでしまえと訴え掛けるのは、一体誰なのだろう。上げたかった悲鳴すら呑み込んで、零したかった弱音を隠したのは何の為だ。差し伸ばされる手に縋らなかったのはちっぽけな矜持の為なんかじゃない。
 この八方塞の暗闇のような世界で、身動き一つ出来ない泥濘のような状況で、決して消えることの無い光が其処にあったからだ。
 出口の無い暗いトンネルの中を歩き続けられたのは、独りじゃなかったからだ。

 たった一つの、光。


「――たく、み!」


 意図せず叫んだ名前。金属バットを遮って一つの影が和輝の前に躍り出た。
 それは一瞬の出来事だ。振り下ろされたバットに衝突することなく、影が男の腕を掴むと勢いよく捻り上げた。呻き声と共に転がり落ちたバットが空しく鳴った。
 男達の動揺以上に、和輝は目の前に立つ見慣れた背中を茫然と見詰めていた。
 ずぶ濡れで、ボロボロで、体格が良いとは決して言えない。それでも。


「ふざけんじゃねーよ」


 不機嫌さを隠そうともせず、唸るように匠が、言った。
 向けられた背中に、決して大きくは無いその背中に、どうしようもなく安心する。荒い呼吸を整えることも出来ぬまま、和輝が声にならない声で匠を呼び掛ける。匠は振り返らない。振り返らないけど。


「いいから、黙ってろ」


 言葉は形にならないけど、声は音にならないけど、上がらない腕は伸ばせないけど。
 動揺し切った男達の背後から、闇に慣れた目を焼く眩し過ぎる光が差し込んだ。それはずらりと並んだバイクのヘッドライトだった。
 息の荒い猛獣のようなエンジンの音。先頭にいる青年が眩し過ぎる光の中で水溜まりに降り立った。


「間に合ったみてーだな」


 フルフェイスのヘルメットを脱いで、奈々の兄、涼也が笑った。
 気付けば其処等中からエンジン音が聞こえる。すっかり取り囲まれてしまった男達が身を寄せ合うように固まって行く。
 いかにもヤンキーだという風体の少年達が、小さくなってしまった男達を睨んでいた。状況を呑み込み切れないまま固まっている和輝の傍まで歩み寄ると、涼也は赤く腫れた頬を撫でた。
 痛かっただろ。
 常に飄々とした涼也らしかぬ、まるで相手を労わるような物言いに和輝は返す言葉を失くす。
 如何して此処に。
 声にならぬまま視線で訴え掛ければ、涼也が困ったように笑って見せた。


「奈々から連絡があったんだ」


 和輝は首を振った。そんなことは解っている。
 和輝が本当に聞きたいのは。


「俺達は決めたんだよ。……一年前、お前を守ってやれなかったあの日」


 眉をハの字にした涼也は何処か痛々しかった。
 先程の男達を相手に凄んでいるのは匠の兄、浩太だ。匠はそれまで捻り上げていた男の腕を投げ捨てるように離し、和輝の元へ歩み寄る。


「もう二度と、お前をあんな目に遭わせたりしないって」


 匠が、涼也が、浩太が、和輝を見て言った。
 匠は和輝の前にしゃがみ込んだ。


「大丈夫か」


 匠自身、自分の発した固い声に驚く。強張った掌は上手く開くことも出来ず、硬直する腕は和輝の伸ばせない。和輝が一年前の事件による精神的外傷を抱えているというのなら、自分も同じだった。
 もう二度と、あんな和輝は見たくない。目の前にいる親友を見詰め、匠は大きく深呼吸をする。
 更に何か告げようと口を開く匠を遮って、本来の利き腕である故障した右腕を持ち上げた和輝が、硬直する腕を掴んだ。


「高槻先輩は、俺のことをヒーローだって言ったけど」


 大きな目が、星を鏤めたような輝きを放ちながら匠を捉える。
 くしゃりと、和輝が笑った。


「お前が、俺のヒーローだった」


 腕を掴むその掌の思い掛けない強さに、匠は僅かに驚く。
 赤く腫れた頬も、抱えられた脇腹も、燃えるような熱を持つ右腕も痛まない筈が無い。それでも、まるでそんなことは取るに足らない些細なことだと訴えるように、和輝が匠を見て笑う。今にも泣き出しそうな微笑みだった。


「匠がいてくれて、良かった……!」


 口元に笑みを残したまま、俯いた和輝の声は今にも消えそうだった。
 呆然とその様を見詰めた匠は、それまで鉛のように重かった腕をするりと動かす。小さな小さな幼馴染を、相棒を、好敵手を、親友を抱き締める。


(俺なんだ)


 伏せられた匠の上にも雨が降り注ぐ。頬を流れた雨は、瞳から零れ落ちた熱い滴を連れて落下して行く。
 漏れそうな嗚咽を噛み殺しながら、匠は抱き締める腕に力を込める。すれば返すように和輝の左腕が匠の肩に回された。


(それ、俺なんだ)


 雨によって和輝の長い袖が捲れ上がる。
 切り裂かれた左手首の傷は、糸のように細く刻まれていた。それは癒えることのない和輝自身だと思っていた。けれど、違った。傷は何時か必ず癒える。時間が万能薬ではないのなら、この傷を癒したものは一体何だったのだろう?

 暗闇の中で、腕が伸ばされた先は、助けを求めた相手は、必死に叫ばれた名前は。


――お前にも感謝してるよ


 脳裏に過る高槻の声。


――お前がいなかったらと思うと、俺はぞっとするけどな


 本当に、そうだったのだろうか?
 自分の選択を疑わない日は無かった。自分が此処にいる意味を否定して、その度に後悔して、それでも逃げ出すことも投げ出すことも出来ない。出口の無い暗闇の中にいたのは、身動き一つ出来ない泥濘の中にいたのは、本当に和輝だけだった?
 強情な幼馴染が必死に伸ばした手は、叫んだ声は。


「匠がいて、良かったよ……!」


 何時だって見上げた先に空は無くて、底冷えする暗いトンネルを独りで歩いていた。
 遥か遠くに霞む出口の光だけを頼りに、歩き続けることが当たり前だった。何時か、あの光に届くと信じることが唯一の希望だった。

 でも、本当は違ったのかも知れない。
 独りじゃないと、何度でも君が言うから。
 何度でもその手を伸ばして、転んで立ち上がった、笑われても走って行くから。

 雨の降り続く夜の街でも、出口の無い袋小路の中でも、凍り付きそうに冷たい世界でも。
 君がいれば、それだけで。


「ありがとう……!」


 零したのはどちらだったのか。
 告げられた言葉に和輝は笑い、匠は泣いた。



Oh, Somewhere over the rainbow way up high
And
the dream that you dare to, why, oh why can’t I?

虹のどこか、彼方、上の場所
あなたが夢見ることが、叶う場所


(Somewhere Over The Rainbow/IZ)

2012.8.9