手を合わせる。目の前には栄養バランスの考えられた彩り豊かな食事が並んでいる。
 涼也と浩太が、自分達の為に作ってくれた朝食だ。今日を戦い抜く為に、勝ち進む為に、生きる為に用意された食事だ。
 いただきます。
 滑らかな畳の上で胡座を掻く。手を伸ばす。納豆、冷奴、カツオのたたき。
 大きく頬張る。美味い。噛み締めるように一品一品を味わっていく。
 飢えていたかのように貪り食う仲間は無言だ。和輝も同様に箸を動かし続ける。
 並べられた食事は全て仲間の胃に収まった。
 ごちそうさまでした。
 皆が手を合わせる。涼也が満足そうに微笑む。
 和輝は立ち上がった。


「――行くぞ」
「おおっ」


 ぞろりと返事をした仲間が背を追う。部屋から出て行く彼等は、戦場へ向かう兵士だ。
 たった十名の野球部が、甲子園まで上り詰めた。その背中は既に強者のそれだった。




刹那(1)





 サイレンの鳴り響く中、グラウンドに整列する。
 順調に勝ち進み、準決勝、晴海高校対北里工業高校の試合。今大会一のダークホースである晴海高校と、優勝候補の北里工業は抱える部員数に圧倒的な差がある。ベンチすら埋まらない少数チームと、アルプスにも溢れる強豪チーム。
 正面に立つ北里ナインを見詰める。彼等は、グラウンドに立てない仲間も背負って此処にいる。
 青樹大和に表情はない。真っ直ぐ前を見詰めているのに、視線が合わない。それだけ身長差が凄まじい。審判の声に合わせ、和輝は大きく頭を下げた。
 お願いします。
 先攻は北里工業。晴海ナインはグラウンドに散っていく。
 マウンド上は先発の醍醐が立っている。二年生ながら、持ち前の負けん気で甲子園でも活力的なプレーをする。青樹はベンチよりグラウンドの様子を具に観察している。
 晴海高校の投手は後半よりエースが登板する。極端な少数精鋭を貫く晴海高校に選手の余裕は無い。狙うのは投手でも野手でもない。
 トップバッターは二年生、三宅宗治。小柄だが走力と技術のある一番打者だ。
 初球は見送る。――晴海高校の捕手の傾向として、初球は十中八九ボールから入る。どれだけデータを集めても、対策を検討しても、その不安は拭えないのだろう。捕手は二年生だ。この大舞台で指示系統を務めるのは疲れるだろう。
 二球目は外角に入れる。醍醐投手は、コントロールと気分に若干のむらがある。気質的な問題だろう。
 転がせ。狙う先は――捕手。
 ヒッティングの体勢を切り替え、三宅の打球は捕手の前に転がった。三宅が飛び出し、蓮見が追う。拾い上げた打球を投げようとするが、彼は投げない。できるか否かの場面で、後先考えずに全力で向かっていく選手ではない。常に保険を掛ける。
 無死走者一塁。好調な出だしにアルプスでは管楽器が喚いている。
 二番、三番と危なげなく走者を進塁させ、二死走者三塁。スコアリングポジションに走者が立ったことでグラウンドに緊張感が走る。その状況で、和輝が声を上げる。


「打たせろ!」


 バッターは四番、青樹大和。背番号二番――。
 アナウンスを掻き消すような声援がグラウンドに響く。緊張感が一瞬で払拭される。
 まだ初回。けれど、打者はあの、青樹大和だ。ひょろりと長い体躯で、鋭い観察眼を持って的確な打ち分けができ、本塁打を打つ技術がある。
 打たせたら、初失点ですよ。表情に出さないまま、蓮見はサインを出す。
 当然、ボールだ。何をして来るのか全く読めない打者を相手に、初球からストライクゾーンには入れられない。
 打たせろ!
 和輝が再度叫ぶ。晴海高校の最終判断は和輝が担っている。けれど、グラウンドでは捕手が司令塔だ。
 青樹は和輝の声に目を細める。


(無理だよ。そういう選手じゃない)


 急かしたって、励ましたって、駄目だよ。
 初球はボールだ。外そうと構えた球は、どうしたって威力が落ちる。腕の長い青樹にとっては、打ってくれと言っているような甘い球だ。
 澄んだ金属音と共に打球は内野を越えた。ショートで匠が跳び上がるが届かない。レフトとセンターの間を縫うような強烈な打球がグラウンドに落ちる。
 三塁走者が還った。青樹は、二塁に立っている。
 初得点は北里工業だ。予定調和のような滑らかな攻撃だった。
 蓮見がマウンドに駆け寄る様を、匠が見ている。配球を読まれてた、と蓮見が小さく謝罪していた。自分も何か声を掛けるべきかと匠が足を踏み出すより早く、和輝が激を飛ばした。


「何やってんだよ、馬鹿。ビビってんじゃねーよ。後ろは必ず守ってやるから、信じて攻めろ!」


 叱責――否、激励か?
 訝しげに眉を寄せる匠には目もくれず、和輝が笑う。
 ビビってないですよ、と醍醐が不満げに言い返す。和輝は無邪気に笑っているだけだった。
 五番をピッチャーフライに押さえ、攻守交替。晴海ナインはベンチに戻った。
 マウンドに浅賀達矢。赤嶺陸に次ぐ実力派投手だ。伝説の元プロ野球選手を父に持った浅賀は幼少時からサラブレッドと呼ばれ、周囲の期待を背負いプレーして来た。溢れんばかりの才能と恵まれた体躯、貪欲な向上心が浅賀を一人の怪物投手へと仕立て上げた。
 そして、その期待に潰されることなく彼は成長している。彼はまだ成長する。
 一番、和輝がバッターボックスに立つ。背後にいる青樹の存在が何とも不気味で居心地が悪い。流石に二年前のようなあからさまな敬遠策は取らないだろう。和輝はバットを構えた。
 青樹はバッターをまじまじと観察する。小さいが、実力のある選手だ。技術もあるし、速球も変化球も通じない。優れているのは観察眼と瞬時の判断力。それらは強烈な集中力に基づいている。
 この打者を出塁させたくない。青樹はサインを出す。外角高めのストレート。
 高校入学以前の浅賀は、球速に拘り、コントロールを置き去りにして来た。そのつけが回って未だにコントロールには不安があり、指示と異なるコースに投げてしまうことがある。それでも浅賀がエースとして初回から登板するのは、並外れた剛速球と、勝負どころで負けない気持ちの強さ故だ。
 初球を和輝は見送った。ストライク。青樹は静かに観察している。その身長では、外角は打ち難いだろう。
 二球目も外角のストレートだ。速いだけの球はすぐに慣れる。だが、和輝は手を出さなかった。ストライク。
 様子を伺っている。余計な力の入らない自然体は崩れない。
 三球目、変化球。浅賀の決め球である高速スライダーだった。この打者相手に出し惜しみはしない。出塁させないことが最低条件だった。
 けれど、それが呆気無く。
 ルーティンワークのように、和輝はスライダーの変化を捉え、グラウンドへ打ち放った。僅かに根元で捉えた為か打球に威力はない。ただ、きっちりと三塁線へ打っている。
 三塁からの送球も虚しく、一塁を和輝は踏んでいた。セーフ。アルプスから太鼓が鳴り響く。
 二番打者がバッターボックスに立つ。送って来ることは解っていた。青樹とて、それを阻む気はない。それでワンナウト取れるのなら願ったり叶ったりだ。
 予想の通り、箕輪はバントで走者を二塁へ送った。一死走者二塁。一回表をなぞるような攻撃だ。けれど、浅賀がキャッチャーへ向き直った時、和輝が二塁を蹴った。浅賀が振り返った時には既に三塁へ滑り込んでいる。盗塁。
 舌打ちしそうな浅賀が捕手を見れば、青樹は首を振った。いいんだ、放っておけ。そう言っているようだ。
 三番は星原千明。青樹にとっては中学時代の後輩だった。一を聞いて十を知る、絵に描いたような天才型の選手だった。


(こいつ、読み難いんだよな)


 内心、青樹は吐き捨てる。
 星原は解り難い。賢く守備の隙を突くような技術があるのに、気分によってがらりと雰囲気を変えてしまう。そういう意味では最も遣り難い打者だ。
 だが、初球からボールは入れない。ゴロでもグラウンドにボールが転がれば走者は必ず還って来る。そういう選手をグラウンドに放ってしまった。
 スライダー。星原の目が光る。浅賀の投球は事前に知っていた。彼の決め球がスライダーであることも解っていた。この球を真芯で捉えることができれば、最高に気持ちが良いだろう。星原の広角が釣り上がる。バットが振り抜かれた。
 打球が鈍い音を上げ、強烈なライナーとなって二遊間を襲った。バウンドした打球にショートが飛び付く。
 フォローを交えた送球は一塁へ送られる。三塁走者、和輝が本塁を踏んだ。
 同点だ。忌々しく思いながら、青樹は弧を描く口角を押さえられなかった。
 一死走者一塁。バッターボックスに白崎匠。因縁の対決だな、と青樹は笑った。
 白崎匠という打者において、特筆すべきはその技術だ。平均的な体躯で本塁打を打つ技術がある。けれど、根が馬鹿正直だから、躱すのは困難ではない。
 初球はど真ん中ストレート。浅賀の持つ最高のストレート。電光掲示板には150kmの球速が表示された。
 匠は動かなかった。動けなかっただろう、と青樹は目を細める。技術も才能も自信もあるだろう。匠に足りないものがあるとするなら、それは柔軟な思考だ。
 二球目は変化球。手の出ない匠が見送る。平静の態を装ってはいるが、穏やかではないだろう。
 三球目、ストレート。匠のバットが動き出す。
 打球がピッチャー頭上に上がる。浅賀が、危なげなく捕球する。アウト。頭を下げ、静かに匠がバッターボックスを出て行く。
 五番打者の鳴海孝助を内野ゴロで殺し、初回が終わる。青樹はベンチに戻って来る浅賀の肩を叩き、その健闘を称えた。
 同点のまま二回表、北里工業の攻撃。打者は六番から始まる。青樹はベンチで観察を怠らない。
 勝利への足掛かりを逃さない。隙があるなら突く。狙いは変わらない。捕手だ。
 蓮見は六番打者の記録を思い返す。北里が勝ち進んで来ることは解っていた。だから、研究して来た。
 初球が蓮見の前に転がった。飛び出した蓮見が一塁へ送球し、アウト。
 試合は順調に進んでいるのに、蓮見は嫌な感覚が拭えなかった。まるで、誰かの掌の上にいるようだった。
 北里の捕手、青樹大和は今大会再注目の捕手だ。技術でも頭脳でもきっと敵わない。
 七番打者がバッターボックスに現れる。初回の失点を帳消しにしたい。その為には、この回を封殺する。
 青樹大和が、ベンチにいる。虎視眈々と隙を狙っている。隙を作る訳にはいかない。
 打球が三塁線に上がる。グラブを掲げた和輝の元へそれは落下した。アウト。蓮見がほっと胸を撫で下ろす間も無く、八番打者が現れる。
 三塁定位置に戻り、和輝は匠へ言った。


「嫌な感じだ」
「そうだな」


 匠は肯定した。


「大和がいる。研究されてるだろうぜ」


 和輝も匠も青樹も、互いを知り過ぎている。
 得意なコース、苦手なコース。性格や状況に寄る傾向。それ等を総合的に判断して青樹は配球を組み立てている。
 和輝は笑った。


「匠、頼んだぜ」


 それが何を指しているのか、今更問うような間柄ではない。
 八番打者の打球がショート真正面に弾け跳んだ。匠のグラブに打球が飛び込んだ。アウト。三者凡退に抑え、二回表が終わる。晴海高校の攻撃。
 ベンチに戻った和輝はスポーツ飲料を飲み下しながらグラウンドを睨んだ。
 二回裏、晴海高校の攻撃は六番の鳴海宗助から始まった。青樹は彼を知っている。天才と呼ばれる兄の下、日陰に生きて来た少年だ。日陰で育ち卑屈っぽいと思われがちだが、土壇場での勝負強さは其処で培って来たものだろう。
 ストレート先行。宗助は手を出さない。初球は様子見。晴海高校の一、二年は殆ど初球に手を出さない。


(手を拱いている間に、勝負は終わっちまうぞ?)


 ストレート。ストレート。直球勝負。三球三振。アルプスが沸き立った。宗助が礼をして去って行く。
 七番、空湖大地。一年生だ。青樹は打者をじっと見詰めている。


(こいつに関しては殆ど資料が無い)


 突出した何かがある訳ではない。全て平均値だが、万能選手と呼ばれる程に優れている訳でもない。
 中学時代の記録も無い。それでも、全国大会に出場するチームでレギュラーを張っている。
 解らない選手には様子見でボールを入れる。だが、浅賀はそれを好まない。機械的に捕手へ従う投手ならば遣り易いのだろうが、正面からぶつかって来る浅賀だからこそ、面白いと思う。
 初球、ストレート。唸るような剛球がミットに収まった。ストライク。
 ストレートは浅賀にとって最も自信のある球だ。二球目、外角へのコースを指示する。――が、逆球だ。
 内角、打者の膝を襲うような剛球だ。空湖が一歩後ずさる。当然、ボールだ。マウンド上の浅賀は無表情だった。元来短気で単純な性格だが、マウンド上で表情に表すことはない。
 三球目、今度こそ入れろよ、と外角を指示する。外角を狙うことに慎重になり過ぎたか、コースも勢いも甘い。空湖のバットが振り抜かれた。ぼてぼてのゴロがピッチャー真正面に転がる。


「一つ」


 浅賀の長い腕が一塁へ送球する。アウト。
 数瞬遅れた空湖が一塁を走り抜け、振り返った。その目は確かに、浅賀を見ていた。
 忌々しい、と睨んでいるのではない。まるで、じっくりと観察するような目だった。
 得体の知れない選手だ。青樹は眉を寄せた。
 ベンチに戻った空湖は真っ直ぐ和輝の元へ向かった。手渡されたドリンクを受け取り、隣に並んでグラウンドを見る。


「浅賀さん、コース甘かった」
「まだエンジンが掛かってないような気がする」


 同じくグラウンドを見ている和輝が言った。


「ストレートが多くなるぞ。大和は、浅賀君の調子を上げたい筈だから」
「スライダーも投げてましたけど」
「スライダーは捨てろ。打たなくても、大半はボールになる」
「ストレートの後にあのスライダー投げられたら、嫌でも反応しちゃいません?」


 ほら、と空湖は指し示す先はバッターボックスだ。
 八番の蓮見は三振に抑えられた。スリーアウト。


「投手攻めかな」


 ぽつりと、独り言のように和輝は言った。
 チェンジ。キャッチャーマスク上げた青樹が仲間を激励している。
 三回表、北里の攻撃は九番から始まる。打者は、浅賀達矢。
 蓮見は考える。浅賀は打者としても優れている。前の試合では本塁打を打っている。けれど、状況に応じて打ち分ける技術もある。


「打たせて行け!」


 匠が声を上げる。
 打たせて行け、なんて難しいだろう。この人には一発がある。どうしても慎重にならざるを得ない。
 ボール。ぴくりとも反応しない浅賀は視線だけでそれを見送った。読まれていたのだろう。
 変化球を一つ入れる。これならどうだ。
 浅賀のバットが動いた。打球は強烈なライナーとなって三塁線を走る。三塁がホットゾーンと呼ばれる所以を思わせるライナーは、体の真正面で和輝の捕らえられた。


「一つ!」


 左腕の送球。たった一年間のリハビリで右腕から左腕へ転向したというのに、恐ろしいまでのコントロールだった。星原の元へ到着すると同時に審判が右腕を翳した。アウト。蓮見はほっと胸を撫で下ろした。
 サードが和輝でなければ、内野は抜かれていただろう。そういう打球が多々ある。


「バッチ来い!」


 野手から声が上がる。こんなに頼もしいことはないだろう。
 北里の打者は一巡した。トップバッター三宅がバッターボックスに入る。
 構えはヒッティングだが、一回ではそれを瞬時に切り替え転がして来た。


(醍醐は、夏川先輩や浅賀さんに比べて、ここぞという時の強烈なストレートが無い。だから、躱す)


 初球、スライダー。浅賀に比べて変化の幅は少ない。だからこそ、ストライクゾーンに入る。
 ストライク。審判が声を上げる。
 もう一球。スライダーがキャッチャーミットへ飛び込んだ。ツーストライク。
 目がスライダーに慣れたところで、ストレート。僅かに反応の遅れたバットがどうにか振られる。打球はキャッチャーとピッチャーの間に高く上がった。マスクを上げた蓮見が頭上のそれを受け止める。アウト。
 これでツーアウト。打者は二番。
 二番打者は変化球に手を出し、打球は内野ゴロとなった。醍醐がバットの勢いに気圧され一瞬出遅れた。その隙を匠が滑り込むようにして飛び出し、一塁へ送球した。アウト。三回表が終わる。
 醍醐がフォローの礼をすると、匠は猫のような目を細めた。


「いい感じなんだから、ビビんな。後ろは必ず守ってる」
「――はい!」


 大きく返事し、醍醐はベンチへと走っていく。
 三回裏、晴海高校の攻撃は九番、醍醐から始まる。ネクストバッターズサークルで、和輝は片膝を着いてグラウンドを凝視している。
 選手の調子はどうだ。隙はあるか。グラウンドのコンディションは。
 灼熱の太陽が頭上で嘲笑うように輝いている。雲一つない。気温は30°を超え、座っているだけで汗が滲む。
 金属音がして、醍醐が出塁する。和輝は立ち上がった。
 醍醐に投げられたボールは甘かった。出塁させたかったのだろう。敬遠でも良いくらいだった。
 一塁走者がいることで、和輝は盗塁が出来ない。謂わば走者の壁だ。バッターボックスに立ち、和輝はバットを掲げる。悔しいけれど、青樹の策に嵌っている。一塁走者がいれば、和輝はその先に進めない。加えて走者は投手だ。無茶はさせられない。


(だけど、それなら、俺が還す)


 この程度で抑えられるなら、此処まで勝ち進んでいなかった。
 初球はあのストレートが来る。和輝は身構える。読まれていると解っていても、青樹はストレートを要求する。浅賀のエンジンを掛ける為だ。
 バットが振り抜かれる。僅か上を滑った打球がキャッチャーの後ろへ跳んだ。ファール。
 電光掲示板、152km。
 二球目、ストレート。和輝は軌道を修正したつもりでバットを振り切った。ボールは僅かに下を掠め、地面を抉るようにしてキャッチャーの横を抜けた。ファール。


(まだ、完全に捉えられてない)


 機械ではないから、同じボールが飛んで来る訳ではない。それでも、個人の持つ球にはそれぞれの軌道がある。和輝はまだ、浅賀の最高のストレートを捉えられていない。
 速くて、重い。バットを掠めただけだというのに掌が痺れている。力負けしている。――けれど、必ず、打つ。赤嶺陸の球はきっと、もっと重くて速い。
 三球目、和輝は真っ直ぐに浅賀を見ている。浅賀が構える。
 スライダー。ストレートに気を取られ、タイミングが僅かにずれる。バットを掠めたボールがキャッチャー脇を抜けファールになると思われた。しかし、青樹がそれを確かに受け止めている。
 バッターアウト!
 くそっ!
 内心悪態吐いて、和輝はバッターボックスを出て行った。

2014.9.7