16、不測の闇


 革命軍の本拠地に早馬が転がるように駆け込んで来た。それまでの活気とは違う騒がしさが人から人へ伝染して行く。リーダーであるイオはその知らせを聞き、本部のテントを飛び出した。
 泳ぐように人を掻き分けて人込みの中心に行くと、馬と青年が一人が疲弊した顔付きで水を飲んでいる。革命軍の幹部のシロヤだった。

「イオさん」

 と、複雑そうな顔を向けた。
 シロヤはそれまで帝国の裏切り者を追っていた。そう、ソラの事だ。

「どうしたんだ?」
「――東の森に、騎士の死体がありました」
「騎士」

 確かめるようにイオが復唱する。
 このご時世に民衆が帝国に歯向かう訳も無い。帝国の主力はその騎士と呼ばれる兵士達だ。革命軍も彼等に手を焼き何度と無く敗走させられた。

「恐らく、ソラ=アテナかと」

 ゆっくりと、シロヤが言う。名前を言う事さえ恐れているような風だった。
 騎士を殺したのは革命軍の誰かでは無い。革命軍は敵だろうと殺した者は埋葬する。放置すれば其処から病が流行る可能性もあるし、それ以上に死体を放置すると言う印象を残す訳にはいかないからだ。
 確かに、どうしても出来ない場合はある。だが、その森はこの本拠地から近い。不可能と言う事はまず無いだろう。

「裏切りは、本当かも知れないな」

 イオは考え込むように目を伏せた。それを見てシロヤが不安そうな表情を浮かべる。

「イオさん、どうしますか」
「生け捕りに出来るか?」
「無理、でしょう」

 シロヤの顔色が悪い。相当疲れているのだろうか。
 だが、実はシロヤは疲れていた訳ではない。全くと言えば嘘になるが、それ以上に森の中で見た地獄が心を毒のようにじわじわと蝕んでいた。赤く染まった木々、千切れた肉片、惨殺死体。それが頭から離れず、思い出す度に吐き気を催した。

「――解った。ご苦労だった、休んでくれ」

 イオはすぐに背を向けて何かを考え込み始める。
 その裏切り者の動向がずっと気になっていた。騎士を殺したと言う事は、帝国の囮ではない。もしかすると、本当にレナードは死んだのかもしれない。そうならば絶好の好機だ。

 攻め込むべきだろう。だが、それ以上にソラの動向が気になる。
 何故、と問うのが一番早いだろうか。

(俺が、動くか?)

 そんな馬鹿な事を真剣に考え、自嘲した。
 リーダーがそんな勝手に動いてしまったら、革命軍はバラバラになる。

 そう理解しながらも、イオは誰にも見られないように一人馬に跨った。責任も覚悟も全て忘れたふりをしてでも、行く。使命感のようなものを胸に感じていた。
 蹄の音に注意しながら馬小屋の入口まで進んだところで、ヌッと影が現れた。反射的に腰の剣に手を伸ばすが、その正体を知ってため息を吐いた。

「……ソウジュ、何でここに」

 壮年期を迎えた大きな男、ソウジュが入口に立ちはだかる。頼りになる兄貴、と言う風な態度を普段は見せているが、目聡く気の抜けないところが多々あった。

「イオ、お出かけかい?」
「ちょっと、な」

 見つかった以上、もう行動は不可能だ。観念して馬を下りるべきだろうが、珍しくイオはそれをしなかった。不敵な笑みを浮かべて誤魔化そうとしているのが見るからに解る。人がいいのか、イオは嘘が下手だ。

「ソラを探すんだろう?」
「――」

 イオは言葉を失った。全て見抜かれている。

「革命軍のリーダーともあろうものが、勝手をしてもらっちゃ困るな」
「ごめん」

 俯き、独り言のような言葉を零す。口篭もっている為聞き辛い。

「何故行くんだ?」
「訊きたい事があるから」

 その瞬間、いつものイオの凛とした声がした。リーダーの声だ。
 今度はソウジュが溜息を吐き、静かに道を譲る。口元には僅かに笑みが浮かんでいた。

「――いいのか?」
「どうせ、止めても行くだろう?」

 イオの目はもう覚悟を決めている。止める事は出来ないのだと、僅かな付き合いだが理解していた。
 それを知ってイオも笑顔を浮かべ、馬の腹を蹴った。途端に馬は前足を浮べばたつかせ、疾風の如く一気に走り抜けた。イオは振り返らず、黒髪が風に揺れていた。

 ソウジュは一人残り、イオの消えた風景を暫く見つめた。
 本当は何としても止めるべきだったのだ。ソラを探したところで何のメリットも無い。もしかしたら、イオは生きて戻らないかも知れない。
 それでも止められなかったのは、あの目の奥の炎を見てしまったから。

 ソウジュがこの革命に参加したのは、若さと言うのが一番近い言葉だ。正義感が強く、帝国の横暴が許せなくて革命軍に参加した。そのリーダーが自分より年下の少年だと知った時は流石に閉口したが、今では何故彼の元にこんなにも大きな軍が出来たのか理解出来る。
 あの紅い瞳はそれだけの魅力を持っていた。燃えるような炎の瞳が勇気付けてくれる。ソウジュもその強い意志を秘めた目に惚れ込んだのだ。だから、それが覚悟を決めて行こうとしているのを止められる訳も無い。

 ただ、死ぬなと願い、ソウジュは歩き出した。イオの不在を護るのは自分の役目なのだと理解して。


 イオは疾走した。口を開けば舌を噛むんじゃないかと思う程に周りの景色が勢い良く後ろに跳んで消えて行く。馬の鼓動を感じながら身を伏せた。風が痛い。目を細め、乾燥する事を避けた。
 シロヤの話によれば東の森。盗賊も多く治安の悪い場所だ。革命軍が近くに駐留するようになってからは大分落ち着いた方ではあるだろうが、それでも他と比べるとまだだ。
 馬の蹄の音を聞きながらその方向を目指した。鬱蒼とした森が暗闇を広げながら、まるで魔物のように近付いた。


 森に着いた頃は周囲は暗くなっていた。森に入るのは危険だろうが、野宿はそれ以上に危険だ。馬の足元に落ちていた腕程の長さの木の枝を拾い、布を巻いて火を灯す。途端に、イオの周囲の闇が逃げ出した。
 固唾を呑んで森の中に踏み込むと、脅かすような鳥の奇妙な鳴き声が迎えてくれた。そのまま、進む。風が木々を揺らし、まるで誰かが潜んでいるような物音を立てる。

(嫌な森だ)

 そんな事を思った。


 暫く歩き回ったが、目的の人物は見当たらなかった。それ以上に、人と言うものが存在しなかった。噂に聞いていた盗賊など何処にもいなく、鳥や獣の雄叫びのようなものが遠くに響くばかりである。
 が、突然鼻を鉄のような異臭が突く。

(血の臭いだ)

 眉間に皺を寄せる。異常な量だ。生きてはいまい。腐臭も混じっている辺り、死体が数体転がっている事を予想した。
 曲がりくねった大木を避け、行く先を照らしたところでそれは姿を現した。シロヤの言っていた騎士の死体が、五体。森が血の海になっている。
 悪鬼が弄んだような酷い有様にイオは目を伏せ、引き返した。腹の底から込み上げて来る吐き気と嫌悪感。
 これを作ったのがソラならば、もう、駄目だ。
 そう思うくらいの地獄絵図だった。
 火を体に寄せ、小さく息を吸い込む。そのまま息を止めて馬を走らせた。横っ腹を蹴った後で、目の前の黒い鬣を撫でる。気を紛れさせようとしただけだ。馬は変わらず疾走した。

 森を抜け出し、そのまま真っ直ぐ西へ走った。森の地獄を見て本部に帰ろうと思ったのだ。だが、既に日は沈んでいる。仕方なく見渡しのいいところに馬を止めて野宿の準備をした。
 まず、薪を集めて火を放つ。その炎を中心に光が丸く広がった。
 食料は多少持って来ている。元々、多少の野宿は計算していたから水も。もしもの為に僅かではあるが薬や包帯も持っていた。
 馬は足元に生えている野草を啄ばみ、眠そうな目をイオへ向ける。その首を撫でてやり、イオは腰を下ろした。

 その瞬間、背後に気配を感じた。
 が、振り返れない。首に剣が当てられているのもあるが、それ以上に息をする事さえ億劫になる殺気が背中に刺さっていた。

「――」

 声が出ない。馬も怯えたように鳴いていた。
 その気配は暫く動かず、黙り込んでいる。殺気はあるが、殺す気は無いように思えた。

「誰だ?」

 少年の声が、問い駆けて来る。そのままそっくり訊きたかったが、イオはそれを抑えて答える。ここで相手を怒らせても意味は無い。

「俺は、近くの村の者だ。散歩していただけさ」

 嘘だ。正直に名乗る馬鹿はいない。もしもそれが帝国軍ならイオの命は無い。

「嘘を吐くなよ」

 ピシャリ、と言われた。呆れを含んだ口調である。

「この近辺の村は無人だ」
「……」
「革命軍がいるからだろうな。戦争から逃げたと考えるのが妥当か。後は、盗賊に根絶やしにされたらしい」
「根絶やし?」

 イオは思わず振り返った。その瞬間、月光を背中に受けた強烈な姿が目に映った。
 透き通るような銀の髪が風に揺れ、蒼い一つの目がギラギラと輝いている。片目は潰れているのか、血塗れになっていた。
 息が出来なくなった。恐怖と驚愕が入り混じって心臓が速く、大きな音を立てる。だが、ソラはそれに対して何の興味も無いように続けた。

「ああ、金品も無かったしな。それとも、帝国軍か革命軍か。何にしても結果は変わらない。随分時間が経っていた」

見下ろす蒼い目に冷たい印象を受ける。体中が粟立つ。上手く息が出来ずに喉がヒュウと妙な音を立てた。

「ソラ、か?」

 問い掛けた瞬間、炎が爆ぜてソラの顔を照らした。顔色が悪く、目の辺りから流れた血が黒くなって固まっている。体は殆ど血塗れだ。
 ソラはやはり、大した反応はしない。

「――、お前が何処の誰でも構わねェや。食べ物を分けてくれないか?」
「俺も少ししかねェ」
「少しでいい。……サヤ様」

 そう呼ぶと、少し離れた岩の影でしゃがんでいたらしい少女が傍に寄った。ずっと岩の影だとばかり思っていた。
 金の髪と碧の瞳をした美しい少女、噂に違わぬ風貌。まさしくサヤ=レィス=ルーサーだ。
 サヤは困ったように微笑み、イオの傍に座った。それを見てソラは漸く、睨む訳でも無くイオを見た。

「名前」
「俺は、イオ。イオ=フレイマーだ」
「ふうん。俺は知っての通り、ソラ=アテナ。剣は使えるのか?」
「当たり前だ」

 イオは不満げにソラを睨んだ。常に戦場では第一線で戦って来た。其処等の盗賊や帝国兵士には引けを取らない。
 その自信に溢れた目を見て、ソラは剣を抜く。

「じゃあ、お前を信用する」

 それだけ言って、ソラは闇の向こうに消えた。
 訳が解らないまま、イオが見つめるとサヤは困ったように少しだけ微笑む。

「アンタは誘拐されたのか?」

 訊くと、その瞬間サヤは大きな目をより大きくした。その反応を見て、イオは内心やっぱりな、と思う。
 彼女を一目見て、噂が嘘だと解った。帝国が都合よくでっち上げたんじゃないかとずっと思っていた事だ。

「誘拐って、どういう事?」

 サヤは身を乗り出した。

「世間の噂じゃ、アンタはソラに誘拐された事になってる。ソラは仲間殺しと裏切りで追われているしな」
「そんな……」
「真実が知りたい」

 そう言った瞬間、鉄の臭いが鼻を突いた。戦場で嗅ぎ慣れた血液の臭いが充満し、風に乗って広範囲に広がっている。今まで地面を照らしていた筈の月光が遮られた。

「事実さ」

 ソラは言った。
 先程よりも多量の血液を浴び、剣は新鮮な紅に輝いている。月光を遮った体はサヤから少し離れて倒れるように膝を着いた。

「俺は仲間を殺したし、王女を誘拐したし、帝国を裏切った」
「でも、それはソラが望んだ事じゃない!」
「でも? そんな事はどうだっていいんです。必要なのは過程じゃなく、結果だ」

 この世の全てを諦めたような蒼が爆ぜる焚き火を見つめている。照らされる顔は血塗れで表情がはっきりしない。

「ソラ、一つ教えてくれ」
「何だ?」
「お前は、俺達の敵か?」
「達?」

 ソラは目を細める。意味が解らない為の苛立ちが含まれていた。イオは数秒沈黙し、覚悟を決めたようにソラを見つめる。

「俺は革命軍リーダー、イオ=フレイマー」

 名乗ったが、ソラは表情を変えなかった。興味無さそうに薪を弄んでいる。長い沈黙が下りて来て、その中で炎の燃える音だけが妙に大きく聞こえた。

「……敵かどうかって?」

 ソラの目がチラリと見つめる。

「俺にとっては、世界全てが敵だよ」

 漸く答えた言葉には自嘲が篭っていた。

「何故、戦うんだ?」

 イオは先程ソラが消えて行った闇の先を見つめた。
 暗くて見えないが、恐らく其処には大量の死体が沈んでいる筈だ。盗賊か帝国軍かは解らないが、今も微かに血液の臭いが漂っている。

「理由は必要か?」

 苛立った口調が訊き返す。質問そのものが不満だと目が言っていた。

「意味も無く戦っているのか」
「お前には関係無い」
「何だと?」
「俺が幾ら人を殺そうが勝手だろうが」

 咄嗟に伸びたイオの手がソラの胸元を掴む。限界まで血を吸った布に手が濡れた。

「そうやって何十人の命を奪って来たんだ!」
「さあ。数えた事が無いから解らないな」

 イオは手を離した。
 柳に風のような手応えの無さが虚しさに変わる。ソラと言う人間に対する絶望、諦め。同時に、ソラの中にある拒絶に気付いた。会話が噛み合わない訳じゃなく、会話そのものを避けているように。そのくせ、訊き返す。

「じゃあ、お前は一体何の為に殺人を続け、何の権利があってここに生きて、何の意味を持って戦うんだ」
「……俺は故郷を帝国に滅ぼされて、家族も仲間も殲滅された。もう、帝国をこのままにしてはいけない。だから、戦う」
「御大層な事を言っているが、結局はただの復讐じゃねぇか。革命軍のリーダーはこんなもんかよ」

 ソラは口角を上げて吐き捨てる。

「正当化しようとするなよ。お前が続けているのは破壊。勘違いするな、お前は救世主じゃない。ただの薄汚い殺人者だ」
「違う!」
「何処が違うんだ? 見ろよ、お前の手は血塗れだ。どんな理由があったって死者は蘇らず、加害者を永遠に許さない。その手で何を掴む? 何が救える? 今まで救った虚像に酔ったその目に何が見える?」
「止めろ!」
「英雄にでもなったつもりかよ。反吐が出るね。結局お前は、」
「ソラ!」

 サヤが叫んだ。

「どうして、追い詰めるの……?」
「真実を言っただけです」

 縋るようなサヤの目を無視してソラは立ち上がり背を向けた。
 イオは血で汚れた掌を見つめ、顔を上げない。

「この世には正義も悪も無い。あるのは弱肉強食の事実だけ」
「なら、死者は悪なのか?」
「文句は言えないって事だよ。だから、例えばお前がここで俺に殺されても仕方が無いって事さ」

 ソラは血塗れの剣をイオの首に突き付けた。咄嗟に反応出来ずに流れた冷や汗が頬を伝う。

「ソラ、止めて」
「殺しませんよ」

 笑いながら、ソラは剣を収めた。
 カチン、と硬質な音が闇に響く。その瞬間、ソラの体が揺れた。

「ソラ!」

 悲鳴のような高い声、ソラは膝を着く。膝に添えた掌が震えていた。咽返る背中、喉が奇妙な音を立てる。
 イオは何が起きているのか解らず、サヤに摩られている震える背中を見つめた。酷く細く、小さい。

「俺はお前みたいな偽善者が一番嫌いだ!」

 ソラは荒い呼吸を繰り返しながら睨み付けるが、その目にイオは映っていない。
 仄暗い夜の中で飛び散る鮮血が、今も頭に焼き付いて離れない。切り裂いた鎧、貫いた肉の感触、追い駆けて来る憎悪と憤怒。消えない、永遠に。
 皆、嘘吐きだ。嘘で塗り固めて、騙し合って誤魔化して。

 独りじゃないと、傍にいると言ったじゃないか。
 護れる人になろうと言ったじゃないか。

「嘘吐きだ……!」

 背中を摩っているサヤに子供のように縋り付く。伏せた顔に表情は覗えない。ただ、最強を背負うには余りにも細過ぎる背中だ。まだ、少年だ。
 イオはそっと近付き、背中に触れた。微かに震えている。

「嘘じゃねぇよ」

 自分でも何が言いたいのか分からない。でも、救いたいと思った。目の前で震えている人を救えずに、一体何が救えるのか。
 ソラの目の奥で何か青白い炎が燃えている。鬼火だ、とイオは思った。

「嘘だ……」
「嘘なんか吐いてない」
「吐いたじゃねぇか……」

 様子がおかしいのでサヤはソラの額に触れた。じわりと掌に熱過ぎる温度が広がる。
 朦朧とした目にはサヤもイオも映っていない。遠い記憶が取り憑いて離れず、呪いを囁き続ける。
 『死ね』と耳元で誰かが囁く。『死ぬな』と誰かが命令する。じゃあ、どうすればいいんだ。生きる事は認められず、死ぬ事は許されず。裏切られ続けて何をすればいい。

「俺は何を信じればいいんだよ……!」

 熱に浮かされたうわ言だ。縋り付くように掴んだ手は白くなる程に力が込められている。生理的な痙攣が怯えているように見える。

「……生まれなければ、良かったんだろ」

 そう呟いた瞬間、全身から力が抜けてソラは砂の上に崩れ落ちた。慌ててサヤが手を伸ばすが、高熱は変わらず荒い呼吸を繰り返している。イオは呆然と見つめた。ハンマーで殴られたような衝撃が頭の中に響いていた。

「サヤ」

 イオはソラを支え上げる。酷く軽く、同世代の少年とは思えない。

「教えてくれ。こいつは今まで何をして、こんな目に遭ってるんだ」

 ゆっくりと馬の背に乗せてサヤの方を振り向く。

「どうしてこんなにボロボロなんだよ。どうして追われて、世界が敵だと思うんだ」

 紅い瞳が揺れる。

「本当にこいつは悪人なのか?」
「違うよ……」

 サヤは目を伏せた。

「私を護ったから、私が生きたいと願ったからソラが追われる事になったの……」
「生きたい? そんなのは当たり前の事じゃないか」

 イオは眉を寄せた。
 当然の事をして、命を狙われる。生きたいとは願えず、生まれた事を後悔しながら死ぬ事は許されず。

「俺は――」

 ずっと、探していた。革命で何をすればいいのか。復讐を遂げて何が残るのか。
 正解や不正解なんて分からないけども。

「生まれなければ良かったなんて思うような世界にはしたくない!」

 悲鳴にも似た誓いだった。漠然と広がる闇に抱いた戯言と言っても過言では無い。
 馬の横首を撫でてやりながらイオはただ前を見つめている。サヤは顔を上げた。

「それが、貴方には出来るの?」
「可能かどうかは問題じゃない。やるんだ」

 やらなければ、何の意味も無い。

「自分の器くらいは分かってるよ。アンタのように命と引き換え願いを叶えられる訳でもないし、コイツのように天下無双の力を持つ訳でもない。だけど、俺は帝国を滅ぼす」

 今も脳裏に貼り付く泣声、叫声。悲鳴に怒号。

 イオは遠い東の空を見つめた。
 太陽はまだ、昇らない。