3、せかい


 生きて行くと言うのは、案外簡単な事だった。
 戦い、金を得て、宿で食事をして眠る。その繰り返しの中で生きていた。一週間に最低二人は殺した。金品を得る為に。その標的は専ら盗賊だった。殺したとしても多くの人が感謝してしまうような。
 それは一つの罪滅ぼしだったのかも知れない。

 ソラが殺してしまったセルドへの。

 何時の間にか、殺す事に慣れた。いつか自分が言ったように、こんな風に呆気なく殺されるのかも知れないけれども。
 生きて行く事に意味なんてなかった。別に進んで生きたいとは思わなかった。
 ただ、セルドの言っていた生きて多くを知る為に。

 多くって?どれだけ知れば十分?
 何処まで行けば無知で無くなるの?
 生きて行く意味って、一体何時になったら知る事が出来るの?

 進む先全てが真っ赤で、戻れば同じく血の海で。赤く染まった記憶は、何処を探しても光が見えない。セルドと暮らした記憶もすでに紅く染まってしまった。



 在る日、とある山の中で山賊を十人ほど切り殺した。襲って来たからだ。返り血に染まりながら、ソラは死体を眺めていた。真っ赤な地獄に浮かぶ死体。
 何時かの記憶を呼び覚ます。

 思い出す寸前で、ソラは目を閉じて頭を振った。思い出す訳にはいかない。
 思い出すにはまだ早過ぎる。思い出にするにはまだ圧倒的に時間が足りなかった。



「よう、少年」



 振り帰ると、一人の男が立っていた。胡散臭いほどの笑顔を顔に貼り付けている。
 金髪に紅い眼をした若い男。その出で立ちは、何処か大国の騎士のようだった。黒い鎧に黒いマント。腰には高そうな装飾のされた剣。

「お前がこの辺りの山賊を狩っているってヤツだな。まだ、ガキじゃないか。どうなってんだ、この世界は」

 男はポリポリと頭を掻きながら言った。

「何故、殺す。何の為に剣を振るう?」
「……生きる為だ」

 それは、酷く純粋な理由だった。生きる為に殺す。腹を空かせた獅子が兎を食い殺したところで文句を言う者がいるだろうか。

「俺は干渉しない者には干渉しない。だから、お前も俺に干渉するな」

 賊を殺したのは、殺そうとして来るからだ。
 向こうも生きる為なのだから、それは正当な理由。だから、ソラもその賊に殺されたとしても文句は言わない。当然だ。

 「……なるほど。だけど、そうもいかない」

 男は腰に差した剣を抜く。白い刃が光り、それに合わせるようにソラも剣を抜いた。

「お前はただのガキじゃない。このままじゃ、いずれ平和を乱す脅威になるだろう」
「平和?」

 ソラは踏み込んだ。
 次の瞬間には剣と剣がぶつかり、火花が散った。

「そんなもの、何処にあるんだッ!!」

 男の剣を弾き、袈裟懸けに斬りかかろうとするが避けられる。だが、すぐに剣を上から振り下ろした。男はそれを剣で受け止めるが、その隙にソラは腹を蹴り飛ばした。
 男は数メートル吹き飛ばされたが、膝は付かなかった。

(コイツ……!)

 息荒く立つソラの、その氷のような蒼い目を見てゾッとした。これが、子供のする眼だろうか。
 今だ嘗て出会った事が無い。今まで戦った猛者達もこんな目はしていなかった。

「お前が平和だと思うのは、知らないからだ。この世界の事を何も!!」

 死ぬほどの飢えも寒さも恐怖も。世界にどれだけの哀しみや憎しみが渦巻いているのか知らない。
 当たり前に生きてきたからだ。生きると言う事が、どんなに苦しい事か知らないからだ。

「……確かにお前は只者じゃない。それだけの道歩んで来たんだろう」

 男は人が変わったように、静かに構えた。

「だけど、それまでだ。お前は知らない。この世界の美しさを」

 ふ、とソラの視界から男の姿が消えた。一瞬で男はソラの後ろに回り込み、斬りかかった。
 それを間一髪で防ぐもソラは軽々と吹っ飛んだ。

「お前の見て来たものが全てと思うな。この世界は、ただ冷たいだけじゃない」

 ソラはよろよろと立ち上がる。攻撃を受けた反動で手が痺れていた。

 「護るべきものがある。たかだか十何年しか生きていないガキが語るな」

 再び男の姿が消えた。キョロキョロとソラは探すが、その姿は見えない。
 その瞬間、背中に強い痛みを感じて前のめりに倒れた。

 「……ッ……!」

 何とかうつ伏せで確認できたのは、その足だけだった。斬られた瞬間さえ解らなかった。

「……俺を殺しに来たのか?」
「そうだ」

 男は言う。

「そういう命令で、来たんだから」
「へぇ」

 興味は無かった。けど、何か話していないと意識が飛びそうだった。
 背中から血が溢れていくのが解る。痛みが無くなって、寒さを感じ出した。

「死にたいのか?」

 その質問は二度目だった。

「解らない」

 こう答えるのも二度目。

「このままじゃ俺に殺されるけど……、命乞いでもしてみる?」
「ふざけんな」

 剣を杖にして無理矢理立ち上がる。戦える状況じゃないのは、ソラ自身が一番よく解ってはいたけども、このまま終わるくらいなら、自分で死んだ方がマシだと思ったのだ。
 男が地面を蹴ったのが、僅かに見えた。

(ここで、死ぬのか)

 興味なんて無かったけど。
 ソラはゆっくりと目を閉じた。それに男は油断したのだろう。

 剣がソラに刺さる刹那、ソラの剣は男を掠めた。

「……ちィッ!」

 どうやら頬を掠めたらしく、一筋の血が流れていた。ようやく与えた一撃。


 だが、それまでだった。



 腹が裂ける感覚を残して、ソラは意識を手放した。