37、蛹<前編>


 翌日、イオ達革命軍の本陣は帝国の王が逃げ込んだ北の地に向けて出発した。
 頬等に新たな傷を負ったばかりのソラは以前と同じく殿を務め、馬車の最後尾で後ろに跳ねて行く砂利を見つめている。北の地に行く程に温度は下がり、息は白く色付いて行った。景色からも緑は殆ど消え、変わりに白い結晶が空からちらちらと舞うようになる。
 周りが物寂しい岩場に差し掛かると漸く毛布が配られ、ソラは包まりながらぼんやり車輪の跡の残る雪道を見た。そろそろ故郷と呼ぶべき場所に差し掛かるな、と考えていると背中に誰かが寄り掛かった。首を回すとシルフィの見上げる目と合った。

「……んだよ」
「寒いだけ」

 シルフィは嬉しそうに笑いながら腰にしがみ付いて来る。其処はイオが殴った為に蒼黒い痣になってしまっている。懐かれる覚えは無いが、されるままにしていると馬車が大きく揺れて肩に掛けていた毛布が落ちた。
 肩口まで広がった首周り。覗くのは分厚く白い包帯。

「治らないね」
「そんな簡単に治るかよ」

 ソラは毛布を再び掛け直して後ろに目を戻した。視界が白く霞んで既に遠くは見えない。
 やがて続いていた岩場が消え、谷を抜けたのだと分かった。故郷は通り過ぎてしまったらしく、ソラは自嘲気味に笑った。

「あたしの故郷は流行り病で消えたの」

 シルフィは突然話し始めたが、ソラは黙って耳を傾けた。

「それから、生きる為には何だってやったよ。盗みも殺しもしたけど、時々思うの。一体、何の権利があってそんな事してるのかって」

 それを聞いてソラはシルフィを押し退けた。
 似ていると思った。これは相似形なのだ。違う場所に在るけれど、これは似通った違う形だ。やがて崩れる砂上の楼閣。近付けば傷付ける。

「俺は盗みや殺人を肯定出来るような人間じゃねぇ。俺がした事も、お前がした事も同じ罪だ。いずれ裁かれる日が来る。その時までに何が出来るのか、そして、何をすればいいのか」

 ソラは真っ直ぐシルフィを見た。黒曜石の瞳はこちらを見てきょとんとしている。

「自分の意味を見極めろ。きっと、お前にしか出来ない事は必ずある」

 ソラは毛布をシルフィに投げて自分は馬車を降りた。背中からシルフィの声は聞こえていたが、ソラは軽く手を上げて馬車を見送った。

 岩場に差し掛かった頃から気配はあった。まるで肉食の獣のように身を潜めて虎視眈々と狙うような眼光。此方を睨み付けて離さない絡み付く殺意。何処かで覚えがある気がした。
 帝国の騎士だろうか。短い期間とは言え、ソラも騎士団に属していた一人だ。メロウのように覚えている人間もいる。けれど、この気配は一体誰だ。この静かで不気味な殺気は――。
 背後でザクリと雪を踏む音がした。一瞬体が強張った。

「革命軍は勝手な行動が許されてるのか?」

 メロウは呆れを含んだ口調で言った。ソラは振り返り、その姿を確認する。雪の中に霞む姿、金髪と密色の瞳だけが煌いている。

「縛られるのは嫌いなんだ」
「自由と自分勝手は違うぜ。ったく、何をしてんだか」
「追っ手がいる。分からないか?」
「――?」

 言われてメロウは目だけで周囲を探るが、吹雪は勿論、だんだんと明るさを失っている世界では何も見えない。目も耳も鼻も使えず何処で探っているのかとメロウは訊きたくなった。
 だが、ソラは目を閉じて神経を研ぎ澄ます。

「幾つだろう。多いな。誰だ? 覚えのある殺気なのに、思い出せない」
「殺気?」

 メロウは周囲に目配せするが、吹雪のせいで景色は白一面に染められている。ソラの言う人の姿は見られないし、気配も感じられない。それでも、ソラには無数の気配が確かに感じ取れていた。
 まるで、静まり返った夜の湖畔のような殺気。鋭く研ぎ澄まされたナイフの切っ先のような、張り詰めた弓の弦のような、触れれば崩れ落ちてしまうような危なげな気配。これは一体、何だろうか。幾つ例えを出しても何もかもが遠い気がする。誰だ、一体何処で。
 ソラは首を傾げながら、帝国の騎士だった頃の記憶の断片を探す。

「北の関所には双子の騎士がいた筈だ。名前は何だった?」

 言われてみて、メロウは記憶の断片を探す。嘗て北の地に来た時に関所を通った。通過する者を厳しい目で睨み付けるように選別していた騎士が二人いた。この雪景色に溶け込むような一対の白銀の鎧兜を纏った男女。
 メロウははっとした。

「ケルマ=マナエルと、ローズだ」

 名前を聞き、それに反応するよりも早くソラは身を伏せる。その真上を二本の矢が風の力を借り、目にも留まらぬ速さで駆け抜けた。
 ソラは半分雪に埋もれながら、恐らく射手がいるであろう方向を睨み付ける。其処に、帝国を脱出して以来見なかった顔があった。

「外したな」
「ええ、でも、次は外さない」

 キリリ、と弓が引かれる。ソラは跳び上がるようにして立ち、剣を抜き放った。途端に矢は放たれ、ソラが数瞬前までいた場所に突き刺さる。
 ソラは吹雪の中で二人の姿を確認した。酷く視界は悪いけれど、二人の姿ははっきりと分かった。やはり、覚えのある顔だ。

「ケルマとローズか、久しぶりだな」

 ソラは吹雪を避けるように顔の横に手を立てて二人の顔を見る。幼い顔をした二人の男女はソラの顔真っ直ぐ見詰めていた。
 覚えがある筈だ。だって、この二人は、ソラが帝国にいた頃の部下なんだから!

 ケルマとローズはソラを冷たい目で見詰め、何も話さない。記憶の中の二人は無邪気で、いつだって笑顔だった筈だ。戦場に向かうと言うのにも冗談を言い合っていたし、初めて人を殺した時はお互いに泣きじゃくっていた。それが、どうしてこんなにも冷たい目を向けるのだろう。
 こんな子供じゃなかった、筈だった。
 並んだ四つの銀灰色の瞳は、もっと光に満ちていたのに。

「ソラ先輩、僕等は貴方を殺さなければならない」

 ケルマは何の感情も映さない瞳でこちらを見ている。メロウの背筋に何か冷たいものが走った。
 帝国の証である金髪。だけど、その銀灰色は。

「呪われた一族……」

 メロウは呟き、腰を落とした。途端にローズの双眸がギョロリと向く。ソラは眉を寄せた。

「何だよ、呪われた一族って……」
「知らなかったのか……」

 なるほど、とメロウは一人納得する。
 帝国の騎士団は実力さえあれば、貴族も孤児も、どんな人間でも入る事が出来た。当然曲者が揃う訳だが、その中でも彼等は異質だった。レナードに気に入られていたソラも異質ではあったが、この二人はその上を行く。

 マナエル一族は呪われた一族。太古より魔女の血が流れていると忌み嫌われて来た。
 勿論、真相は分からない。どうして彼等がそう呼ばれるようになったのかは誰も知らないけれど、マナエルの名にはそれ程に重い宿命があったのだ。彼等は長く生きられない。それは、忌み嫌われ、魔物のように殺されるからだ。
 騎士団に入団が決まっても二人の立場は殆ど変わらず、忌み嫌われたマナエルの名は常に付き纏った。深い事情を知らないメロウでさえもこうして恐れているのだから、相当なものだったのだ。

 ケルマとローズはメロウを睨み付けている。メロウは無意識に後退さっていた。

「呪われた? どうして」
「知るかよ、そんな事」

 メロウは剣を握り締める。
 メロウも相当な腕前を持ち、幾度と無く戦場で危険に身を晒して来た男だ。それなのに、目の前に佇むたった二人の子供に恐怖を感じている。恐いのだ、この子供達は。
 時代の節目には色々な事が起こり、様々な登場人物が必要になる。指導者、異能者、破壊者――。

「ソラ先輩、メロウさん。王からの指令です。裏切り者には制裁を――」
「……ば、馬鹿野郎……!」

 剣を構える二人を見て、ソラも剣を抜いた。
 吹雪の向こうで二人の姿が一瞬霞んだ。ソラは両側から視界ギリギリ外を走り込んでくる二人を気配だけで捉える。ケルマの一撃を屈んで避けると、メロウの背後で剣を振り上げるローズの姿が見えた。

「メロウ!」

 叫んだ瞬間、メロウは転がるようにして横に跳ねた。ローズの一撃が積雪の上に突き刺さる。メロウの方に意識を奪われたソラに容赦無く剣が横薙ぎに払われ、ソラはギリギリで受け止めるが軽々と弾き飛ばされてしまった。
 雪の中に転がりながらも距離を置き、ソラは片膝を立ててそれぞれの位置を確認する――が、ローズがいない。

 視界の端に、金色が見えた。

「ローズ……」

 ソラは、剣を離した。雪の中に剣は沈み、感情を映さないローズは容赦無く剣を振り翳す。ソラは黙って目を閉ざす。この二人だけは、斬れない。斬りたくない。綺麗事を言える程余裕のある人生は歩いていないが、それでもこの二人だけは。
 結論で言うなら、ソラは二人を斬る事が出来る。怪我を負っていても二人は適わないが、ソラが剣を離すと雪が陥没した。

 二人は余りにも哀し過ぎる。
 こんな目で世界を見て欲しくない。

 ソラだって、こんな世界は大嫌いだった。
 でも、何の罪も無いのに憎まれ嫌われ、温もりも優しさも何も知らないまま死ぬなんて、哀し過ぎる。

 犠牲は必要だろうと分かっているが、ソラは目を閉ざす。このまま死んでも、それは仕方が無い事だ。自分がいなくとも時は進む、時代は変わる。だけど、その無情な時の流れに生きられない子供はどうすればいいと言うのだ。切りが無いと言われても、捨てられない。

「守ってやれなくて、ごめんな」

 ソラに、剣が振り下ろされた。


 布の裂ける音がした。血液が飛沫を上げた。
 メロウは、白い世界が紅く染まるのを見た。


 ソラの体が傾き、雪に沈む。だが、その瞬間に金属のぶつかり合う高音が響き渡った。
 酷い猛吹雪は視界を遮り、その姿を消し去ろうとする。メロウは、見た。青い何かがローズの剣を受け止める姿を――。

「何で」

 ソラは斬られた腹部を抑えながら、その少女の後姿を見た。いる筈が無い。連れて来なかったのに。
 シルフィはナイフでローズの剣を弾くと、ソラの横に立った。メロウがその横に立ち、牽制の意味を込めて鋭い視線を散らす。
 ソラはゆっくりと起き上がるが、腹部の傷から血液が流れ落ちた。

「何で来やがった」
「忘れたの?」

 シルフィは微笑み、ローズの剣を受け止める。ソラ自身彼女を侮っていた。まさか、帝国の騎士を相手にここまでやれるとは思わなかったのだ。離れたところではメロウがケルマと剣を合わせているのが辛うじて見える。
 吹雪が酷過ぎる。この視界の悪さでは革命軍の後を追うのもままならないだろうし、下手すれば遭難にもなり得る。その中、今まで雪など見た事が無かった筈のシルフィが自分を守る為に懸命に戦っている。
 ソラは剣を支えに立ち上がった。足に力を入れると血液がボタボタと雪の上に落下し染みを作り出す。

「ソラ、動くんじゃない!」

 遠くからメロウの叫び声が聞こえるが、無視する。この状態で黙って座っていたら、後で合わせる顔が無い。
 目の前で鋭い音がした。シルフィのナイフが弾かれ、ローズがその懐に潜り込んで斬り上げようとする。ソラは地面を踏み締め、ローズを横薙ぎに払った。だが、失血の為か切れがまるで無い。ローズは軽く後ろに跳ぶだけで避けた。
 ローズの瞳にソラが映る。紅い血液が雪の上に彼岸花のように散っていた。

「ソラ先輩」

 ローズが呼び、ソラは眉を寄せる。
 目の前にいるこの少女は、何かを懸命に伝えようとしているような気がする。悲鳴を上げながら、何かを訴えている。どうして、話さない。
 ローズが地面を蹴った。ふわりと体が白い世界の中に浮き上がり、ソラは身構える。が、その背後に気配を感じた。

「ソラ! 後ろだ!」

 メロウの声が聞こえた。咄嗟に半分だけ振り返ると、ケルマの顔が見えた。向こう側からメロウが走って来るのが分かったが、間に合わないのは言うまでも無い。白い世界に銀色が映り込む。

 ひゅっ、と風を切る音がした。酷い猛吹雪なのにも関わらず届いた細い音は遥か後方より矢が走る音だった。
 向かい風をものともしない一矢はケルマの肩に刺さり、剣が落下した。ソラはローズの腕を蹴ってその場から離れる。困惑に満ちた胸の中には疑問が湧き上がり理由を問う。ソラは振り返り、猛吹雪の中で細い女性のシルエットを見詰めた。

「アルス――」

 自分を今まで呪うように憎み続けて来た筈の女が、その仇の敵に弓を引いている。殺すチャンスだっただろう、とソラはその姿を睨むように見詰めた。
 アルスは無言で次の矢を構える。そして、放たれた矢はソラには向かわなかった。白い世界を破いて行く一筋の線が風の中で揺るぎながらもケルマの足元に刺さった。ソラ達はアルスの方に背中を向け、ケルマ等と距離を取る。

 ソラは呼吸を整えて背中を向けているアルスに問おうとしたが、その言葉は発せられる事無くアルスによって締め括られた。

「お前を助けた訳じゃない。あの場でお前等が死ねば、シルフィが危険に晒されたから弓を引いた」

 ソラは、くっと笑った。

「だろうな。じゃあ、しっかり守ってやってくれ」

 ソラは剣を持ち上げ、正面で死んだ眼で睨み付ける二人の子供を見た。自分も何時か、こんな風に剣を振り翳していたのだろうか。二人の中に、自分と似通った修羅の姿を見た気がした。
 厄介だな、と思う。相手はこの雪の中で生きて来たプロだ。ソラが一対一で戦ったならきっと勝利は確実なものだっただろうが、今はそうではない。何より、ソラは怪我を負っている。
 この極寒の中で流れた嫌な汗を拭うソラを見て、アルスはゆっくりと弓を引く。

「……お前殺すのは、私だ。勝手に死なれても困る」

 その瞬間、弦が震えた。弾かれるように放たれた矢は魔法でも掛かっているのか、吹雪の風に流されながらもケルマの首の横を通り過ぎる。それと同時にソラは雪を蹴った。顔には思わず漏らしてしまった笑みが浮んでいる。

 失ったものが、ここに在る。
 奪い、奪われ喪失した大切なものがここに在る。

 守れなかったと思って来たものは、失われても尚、こうしてここに帰って来てくれたのか。

 そう考えると、目頭が熱くなる。口を結び、零してしまいそうになる嗚咽を噛み殺す。目の前から駆けて来るローズを避け、その先で剣の切っ先を向けているケルマに向かって剣を振り翳した。その剣が振り下ろされる前に、背中からメロウとローズの剣が衝突する音が聞こえる。ソラは剣を振り下ろし、ケルマはそれを受け止めた。
 ギチギチと不協和音が耳障りだ。力で押し切ろうとするケルマの剣を引っ繰り返すように弾いて積雪に埋まった足を蹴り上げた。完治していない傷は寒さと衝撃で痛みを感じたが、ケルマはそのまま体勢を崩すと雪に埋まった。その首に剣の切っ先を向ける。
 後ろではメロウがローズの剣を弾き、シルフィがナイフを突き付けている。
 メロウ達が終わったと白い息を漏らすが、ソラは感覚を失いつつある指先の力を抜かない。訊かなければならない。

「帝国に対して、そんなに忠実だとは思わなかったけどな」

 そう言ってケルマを見るが、表情は凍り付いたように動かない。この状況に二人とも眉一つ動かさないのだから、精神は既に常軌を逸しているのかも知れない。
 だが、視界が悪い中でケルマは口角を吊り上げて一声、ハッと笑った。

「そんな訳、無いでしょ」

 じゃあ何で。訊こうとした言葉は極寒の中で白い息となって消えた。
 この二人は殺したかったのだ。其処には感情なんて無い。義務、或いは救い。そうすれば救われると、縋り付いている。

「欲しかったのは、世界最強の称号か?」

 ケルマは笑みを消し、その質問に肯定を示す。だが、ソラには理解出来なかった。
 二人は確かに、其処等の騎士や兵士とは違う。表情は殆ど無く人形のようで、感情表現にも酷く乏しかった。でも、ソラは二人がそれだけじゃない事を知ってる。彼等は泣いたり笑ったり出来ない訳でも無ければ何も感じられない訳でも無い、まだ十五歳になったばかりの子供だ。
 子犬のように後を追い、慕って来た二人を知ってる。二人の笑顔も涙も知ってる。少なくとも、地位や名誉に興味を持つような人種ではない。

 アルスは目を細め、歳相応の反応を見せない二人を見詰める。
 この北の地方で生まれ育ったアルスは当然、彼等マナエル一族の事は知っている。彼等が忌み嫌われた一族として迫害されている事も、その理由も。

「マナエル一族は太古より迫害の歴史を背負っている」

 突然、アルスが言った。ソラはケルマから目を外さずに耳を傾ける。

「彼等は鬼や悪魔の類だと言われていた。それは、彼等が余りにも優れた戦闘民族だったからだ」

 その言葉に、ソラは唇を噛み締めた。
 それはまるで、自分と同じじゃないか。強くなければ生きられず、その為に鬼や悪魔と蔑まれて。何処にも光を見つけられなかった頃の自分と同じ歴史を、彼等は太古より延々と刻み続けているのか。
 そんなの、虚し過ぎる。

――こういう……時代なんだよ……。弱ければ死に、強過ぎれば消される。お前は後者だった……

 脳裏に、レナードの声が過った。
 じゃあ、俺達は、その時代の流れに殺されるのか? その流れに生きられない子供は抹殺されるのか?

 そうしてソラが見た時、ケルマは鋭い視線を返した。

「俺達が生き残るには、それしかないんだ!」

 ケルマはソラの剣を弾き飛ばし、少し離れたところに埋まった剣を拾い上げ、目にも留まらぬ早さで横薙ぎに払う。だが、ソラは風に揺れるような静けさで避けた。
 その鋭い剣筋が、哀しかった。

 次々と嵐のように振り切られる剣を紙一重、最小限の動きで交しながらソラはケルマを見ている。
 強くなければ生きられない。だけど、その先には光なんて無いのだ。彼等が欲しいのは、そんなものなのだろうか。

「お前等が欲しいのは、こんな強さなのか?」

 ケルマは答えない。答えない代わりに鋭く剣を振り下ろすが、ソラには掠りもしない。屈んで避けると、上に流れた銀髪の先が切り離された。

「お前が求めている強さは、滅ぼすだけなんだよ」

 ソラはケルマの剣を持つ手を蹴り上げた。悴んだ手はその衝撃には堪えられずに震え、剣を落下させた。素早くケルマは剣を拾おうとしたが、ソラがその剣を踏んでいる。

「知っているか?」

 ソラはケルマを真っ直ぐに睨み付けている。

「滅ぼす強さがあるように、守る強さもある。……俺は滅ぼすよりは守れるようになりてぇ。そっちの方が難しいだろうけども、きっと、最後には笑い合える」

 そうして、ソラは少しだけ笑った。こんな事を言える義理ではないと分かっているから、その滑稽さに思わず自嘲の笑みを零しただけだ。
 それに、とソラは自分の剣を拾い上げて鞘に収めた。

「世界最強の名は、この先無くなる」

 ケルマは眉を寄せてその意味を問おうとしたが、それよりも早くソラの表情を見て意味を察した。
 この先、戦いは無くなる。そうすれば、剣を握る時代は無くなる。剣が無ければ生きられないような人間ではいけないのだ。
 『世界最強』と言う称号は名誉ではなくなるだろう。きっと、それは『罪名』になる。

「……俺は最後の、世界最強の騎士だ」

 ソラはケルマの剣から離れ、背中を向けた。同じようにメロウやシルフィも各々の武器を収めるが二人は動けなかった。



 ケルマとローズとの一戦の後で四人は先に行ったイオ等と合流した。当然、イオは激怒していたのだが、それ以上に状況は悪い方へと転がっていた。