6.夢と言う壁





 はらはらと桜の舞う中で入学式は行なわれた。グラウンドに散り行く桜は余りに儚く幻想的で、夢の様だった。
 恒例の入学式を終え、それぞれのクラスに振り分けられ、裕と俊は家路を辿っていた。
 それと言うのも、浩人と脩は私用で早々に帰宅してしまったのだ。
仕方なく、二人は真新しい重い教科書達をまだ新品同様の鞄に詰め込んで帰り道の緩やかな坂を下っていた。
 その道の周りにも桜が咲き、花弁が掛かる。それを邪魔そうに俊は叩いていた。

 「…なぁ、早いもんだなぁ」
 「は?そう言う言葉は親とかが言うもんだろ」

裕は苦笑した。
 昨日の事の様に思い出せるあの夏の大会はもう去年の事。
これからの事を考えれば、確かに心躍る。
だが、同時に。今までを思い出すと哀しくなる。

 「甲子園か…」

あの頃語っていた夢が、今は壁として目の前に立ち塞がる。
そこまで、辿り着けるだろうか、自分に。
大勢の中から勝ち抜き、あの舞台に立つ事が出来るだろうか。

 「…何、ごちゃごちゃ考えてるか知らねぇけど、甲子園には必ず行く。別にお前になんか期待してねぇよ」
 「そうだな…」

俊の辛辣な言葉さえ、裕は笑って答えた。
そして、少し先を行く俊を早足に追った。

だが、教科書の詰まった鞄の重みで進行方向が狂う。
肩に圧し掛かる重みを実感する度に、自分の弱さを知る。

欲しい。
逞しい腕が、力強い脚が。自分の夢を叶える実力が。

この手は小さい。

夢には、届かない。

 「…大丈夫かよ、裕」
 「大丈夫だよ…」

嘘としか思えないその言葉に、俊は僅かに顔を顰めた。
その眼は、また何処か遠くを見ている。
それは、裕の“夢”だろうか。
甲子園での再会。
それは、裕にとって遥かに遠い夢だろうか?
夢見るだけの実力は持っていると思う。
それでも、遠いだろうか。
自分を過小評価しているとは思えない。
確かに、あのバッターボックスに立った裕には自信が満ち溢れていた。

 「お前は、別に弱くはないと思う」
 「?」

遠回しの褒め言葉。俊らしい。
裕は少し笑ってみせた。

 「お前はチビだし、ガリだけど」

がっくりと肩を落とす裕にさらに言った。

 「それでも、全国優勝へ辿り着いた」

そこも、“夢”だっただろう?
違うだろうか。

 「…なあ、俊」

裕は少し先を歩いて立ち止った。

 「お前は何の為に投げんの?夢の為?夢を叶える為?」
 「そうだよ」
 「その夢は、一体誰の夢?自分の?チームの?」
 「自分の夢だ」
 「その夢にはどんな価値や意味があるんだ?」
 「は?」

そんなの、知らない。
手に入れてもいないものを好きに語れる訳が無い

 「俺は弱い。お前みたいにズバ抜けた才能も無いし、浩人みたいに体格も恵まれていない。
 それでも、俺の夢はお前らと同じ場所にある」

その距離は、人によっては近くて、人によっては限りなく遠い。
天才でもない自分が、天才達と同じ夢を見るのは愚かだろうか。
それが適うと信じる事は傲慢だろうか。
それでも。

 「俺は決めたよ。俺の先には、恐らくお前以上に沢山の壁がある。だけど、全部越えるよ」

その、夢さえも越えて行く。

 「その壁の一つは、俊だし、浩人でもある」

それでも越えて行く。
宣戦布告に近かった。
俊は少し笑った。裕が笑っていたから。
その笑顔もまた、あのバッターボックスで見た笑顔だった。

 「よし!三年間、よろしくな。俊。そして、行くぞ甲子園!!」