8.兄弟





 桜も大分散って葉桜になりかけていた頃、約一週間の仮入期間を経て、裕達は阪野第二校の野球部に入部した。
 練習は至って普通、と言うのが現状。きつくもなく、楽でもない。部員も、さすがスポーツ高なだけあって真面目だ。
 どんなに真面目でも、普通では勝ち進めない。普通以上の根性と、練習と、力を持った選手が必要なのだ。無名高校が勝ち進むには。

 「ダウンー」

 キャプテンの尾崎の声が響いた。丸刈り・長身の好青年。親切で優しい頼りになるキャプテンだ。

 「…そう言えば、春甲終わったばっかりだけど、七月に入ったらすぐ甲子園だな」

隣で走りながら浩人が言った。

 「そうだなー。早いなー」

 あの頃の夢が、間近になる。レギュラーなど、遠い夢だと思っている。だが、どうしても、見ておきたい。同じ年齢となったトッププレイヤー達を、その実力を。
 裕達一年が入学する前の春の甲子園は、予選三回戦敗退をした。
 今度の夏の甲子園は、現・キャプテンの尾崎達三年生にとって最後の大会だ。そして、負ければ引退。

 甲子園の予選大会が近づく度に練習も厳しくなり、ビリビリとした雰囲気が刺す様に感じられた。


 「今月の十一日は、甲子園の予選大会が行われる。三年は今回が最後だ。以前よりも上へ…」

監督である吉森の話を聞き、ようやく実感が沸いた。
 だが、レギュラーは尾崎を中心とする上級生で出来ている。裕達一年は最早眼中に無い。
 今年の一年に、戦力になる選手がいないともう決め込んでいるのだ。ろくに練習も見ずに。

 大会を控えたレギュラー陣を見るだけで一杯なのだろうか。今回も裕達は応援要員だ。
 野球は個人競技ではない。個人の実力など、二の次だ。必要なのは、仲間との協力性。巧いからと言って一年を入れても、守備に穴が出来るだけだ。

 「流石にすぐにレギュラーは無理だろうなー」
 「当たり前だろー」

部活が終了し、裕・俊・浩人・尚樹の四人はブラブラと家路を辿っていた。

 「そうそう、俊知ってる?脩、レギュラーだって」

 中学の頃から全国大会などでも注目を集めていた脩。その実力を知る監督の積極的な配慮により、脩は早くもレギュラーの座を勝ち取った。
 常に全国に進出して行くその中でレギュラーを勝ち取るのは並大抵の事ではなかっただろう。一年がレギュラーなんて、実力だけじゃなく周りにも面白く思わない人がいるだろう。

それでも、脩は勝ち取った。


 「脩って言うと、お前の双子の兄か」

俊は僅かに頷いた。

 「兄弟、いいなぁ〜。俺も弟欲しい」

尚樹と浩人は一人っ子だ。

 「そう言えば、裕も弟いるんだよな」
 「え?ああ、いるよ」
 「弟いるのかよ!何歳?名前は?」
 「今、中一だったかな。瑠って言うんだけど」

 なんとも言えない表情で裕は言った。
 それと言うのも、俊や脩は知らないだろうが、ここのところ瑠とは喧嘩が続いていた。それも一方的な。
 原因は解らないが、切り出すのはいつも瑠からだ。
 瑠の不満が自分の何なのか。それが解らず裕はとりあえず怒らずに笑って言葉を返す。それが瑠にとっての不満の一つなのだ、と。最近になってようやく気が付いた。
それにしても、兄弟喧嘩など、本当に久しぶりにした。


 
兄なのに、本当に情け無い。

 「いいなぁ」

羨ましげな尚樹を他所に、裕は苦笑した。

 「どの部活も、もう三年は引退してるんだよな」

浩人は言った。

 「そういや、サッカー部全国行ったらしいな」
 「サッカー…」


裕は呟いた。そして、先日の瑠との会話を思い出した。






 「兄ちゃん。俺、サッカー始めたよ」

オレンジ色の光の中、瑠ははっきりと言った。

 「…へぇ、何で?」
 「…野球が、嫌いだから」

 沈黙が流れた。瑠の眼は真剣そのものだった。言い換えるなら、覚悟を決めた眼だ。何が瑠を動かしているのか、裕にはまだ解らなかったが。

 「…じゃあ、お前はお前の道を行け。…だけど、“野球が嫌いだから”なんて理由でサッカーやるヤツは本気でサッカーしてるヤツに勝てねぇよ。絶対にな」

裕は笑顔で言った。だが、その眼は笑わず真剣に。

 そうして、互いに別の道を歩み始めた。

 「反抗期かな」

 「何が」