10.ROOKIE!





 「ダウト」


意味深に赤星は笑った。

 本日の練習は午後12:00開始。現在の時刻はと言うと、午前10:30である。練習開始時刻よりも遥かに早いこの時刻、部室には4人の野球部員がいた。
 事の発端は数時間前。今日の練習は、実は早朝7:00だった。だが、10:00開始と言う連絡網が回ったのだ。結局、それも学校の都合で変更になった。
 そして、慌てて家を飛び出して来た裕・俊と2年の赤星、3年で主将の尾崎に運悪く2度目の変更連絡が時間差で届かなかった。
 時間を持て余した4人は、偶然あった誰かの忘れ物のトランプを始めたという訳である。

 「…畜生」

尾崎はぽつりと呟いて乱暴に中心のトランプの山を引き寄せた。

 「また尾崎先輩の負けじゃないですか」

 呆れた様に裕は言った。悔しそうに尾崎はトランプの角を乱暴に揃えた。現在、尾崎は4連敗である。どうしても尾崎は勝てないのだ。顔に出てしまう、嘘が吐けないタイプの人間である。

 「本当に尾崎主将は弱いっすねー」

ケラケラと赤星は笑っている。

 「それとは対照的に、1年は強いなあ」

意外だな、と言った。確かに感情が顔に出そうな人選だ。だが、2人は負け無しである。

 「蜂谷なんかすぐに負けると思ったのになあ。1」
 「俺もそう思いましたよ。まあ、尾崎主将ほど弱い人はいないと思っていましたけど。2」
 「失礼っすね。俺は頭脳明晰なんですから。3」
 「…頭脳明晰のやつは数学赤点で追試なんて受けない。4」
 「ははは、なんだ。お前追試なのか?5」
 「ザマミロ!俺も追試だけどな。6」
 「ザマミロじゃないっすよ!先輩だって追試なのに。7」
 「俺は追試ないけど。8」
 「俺も無いぜ。国語のテストは98点で学年トップだしな。9」
 「ぇぇええ!学年トップとか有り得ませんよ!!俺なんて英語学年最下位なのに。10」
 「大丈夫ですって。俺だって数学と理科学年最下位ですから。11」
 「全然大丈夫じゃねーよ。留年するんじゃないだろうな。お前みたいな後輩はいらない。12」
 「うわー、言われ放題だぞ蜂谷。13」
 「「「ダウト」」」

再び尾崎はがっくりと肩を落とした。そして、先程と同じ様にトランプを乱暴に集め始めた。
 負けていると面白くないものだが、勝ち続けるというのも面白くないものである。

 「…なあ、違うゲームしようぜ」

案の定、尾崎は方向転換の提案をして来た。

 「いいっすよ。じゃあ、何しますか?」
 「神経衰弱」

俊は面倒臭そうに呟いた。それに対し尾崎は笑った。

 「よっしゃ!それで行こう!!」
 「駄目ですよ!そんなの負けが見えているじゃないですか!」
 「え?誰が負けんの?」
 「お前と赤星だよ!!」

情けない事に反論出来ない裕と赤星は不満気に眉を顰めた。

 「って言うか、トランプはもう止めましょうよ。こんな晴れているのに」

 そう、今日は雲ひとつ無い晴天。絶好の野球日和。こんな日に室内に閉じ篭っていたら勿体無い。

 「外行ってもいいけどよ、その後部活だろ。大丈夫なのかよ」

針路を見失い往生する船の様に4人はがっくりと肩を落としていた。

 「おはようございまーす」

その挨拶と共に数人の1年が部室に入った。時刻は11:00で、1年はグラウンド整備の時間である。

 「いーっす。じゃあ、蜂谷に市河。行って来い」
 「はいはい」

 重い腰を上げて2人は渋々と部室を後にした。それに他の1年も続く様に部室を後にした。
 部室には尾崎と赤星が残り、静かになっていた。

 「…今年の1年は粒がでけぇな」
 「あ、主将もそう思います!?」

尾崎は頷いた。

 「市河の球、速ぇよな?この前、古川がバッティングピッチャーやらせてたんだけどよ」

古川とは副主将の事だ。

 「ああ、あれは驚きましたね。力セーブしてあれっすからね」
 「中学の時は、それに見合うだけのキャッチャーがいなかったんだってな」
 「そうだったんすか。でも、今は爾志がいますよね」

意味深に尾崎は笑った。

 「面白い年になるぜ」
 「あ、そう言えば禄高も上手いっすよ。中々。ファーストでしたっけ」
 「そうだなぁ。つーか、俺は市河より爾志より禄高よりも気になるやつがいる」
 「…蜂谷っすか」

尾崎は頷いた。

 「あいつ、中々見所あるぜ。打投走守全部揃ってるよ」
 「まあ、全部半端ですけどね」

赤星は笑った。

 「俺もそう思う。チビだしなぁ。でも、あいつは化けるぜ」
 「もうすぐ、合宿あるじゃないすか。楽しみっすよね」

その頃、登校して来た別の1年が部室の扉を開いた。