15.好機到来




 「最終日の紅白戦なんだが、」

 吉森の話の切り出しはそれだった。
 最終日に行われるレギュラー、学年関係ナシの紅白戦。互いのチームの主将が、部員八十超の中から選び、最強のチームを作り試合をする。それは合宿が始まる以前から決められていた事だ。
 去年までは三年生が威張っていた上に贔屓ばかりしていたので、どちらもレギュラーを取り合い三年生だけから成るチームだった。
 だが、その苦汁を嘗めて来た現三年の尾崎はその様な事の無い様に、客観的な眼で見てチームを作ろうと心に決めていた。

 「紅白戦がどうしたんですか?」
 「ああ、予定より早めて今日やる事にした」
 「えっ」

予想通りの反応に吉森は苦笑した。
 古川はその理由を問うた。

 「ああ、実はな、最終日だったんだが、長谷商から練習試合の申し込みが来てなぁ」

 長谷商には予定を狂わされっぱなしだ。尾崎は少し苛立った。

 「まあ、せっかくの機会だしな」

 吉森は微笑んだ。一方、尾崎と古川は顔を見合わせて溜息を吐いた。
 阪野二高の様な中堅校では、長谷商の様な上級高校と練習試合など中々させてもらえない。確かに、これはいい機会だ。だが、気に入らない。

 「…随分、お高く止まってますね」

古川は皮肉たっぷりに言った。
 だが、尾崎はそれを遮って言った。

 「せっかくのチャンスですからね。で、そのメンバーは」
 「ああ。丁度いいと思って、今日の紅白戦で決めようと思う」

なるほど、と尾崎は言った。

 「そう言えば、尾崎。お前のシャトルランの記録には驚いたぞ。169とはな」
 「いえ。…それよりも、もっと驚くべき選手がいた筈です」
 「そうか?」
 「…蜂谷ですよ」
 「ああ、確かにあの記録には驚いたが、見た目通り非力だからな。それに、左利きのサードもな。いずれポジションを替えるべきだな。紅白戦には使わない方がいいと思うぞ」

尾崎は、小さく息を吐いた。
 この人は、今日の試合を見て決めると言ったが、本当は何も見えちゃいないんだな。と。呆れた。体格で選手が決まるものか。

 「…今日の紅白戦は、僕らでメンバーを決めさせていただきます」
 「ああ。…蜂谷を使うのか?」
 「解りません」

尾崎と古川は頭を下げて部屋を後にした。





 午前の練習の後。午後の練習へと引き継がれる集合で尾崎は言った。最終日に行われるはずだった紅白戦が、今日行われると。
 部員は驚きはしたものの、喜んだ。皆、紅白戦を楽しみにしていたんだ。

 「…じゃ、メンバーを決めよう。メンバーから外れた者は、第二グラウンドで練習だ」

 赤組、主将三年尾崎が束ねるチームは昨日のスポーツテストの記録上位から選抜した精鋭部隊。レギュラーが多く選ばれる中で、注目されるバッテリーは。

 「一年、市河、爾志」

どよめきが起こった。俊と浩人は顔を見合わせ、はっきりと返事をした。疑問の飛び交う中で尾崎は意味深に言った。

 「…理由は、試合で解る」

 流石、主将。と俊は心の中で笑った。爾志は驚き、どうするよ、と口元を緩ませながら俊を小突いた。裕は、少し寂しげな表情を浮かべつつ軽く拍手を送った。
 その後も、尾崎は赤組のメンバーを発表したが、その中に裕の名前は無かった。あったのは、俊と浩人だけ。
 続けて、二年の赤星の束ねる白組。赤星は言わずと知れたギャンブラー。波乱の予感のする中で次々とメンバーを発表する。
 通常では考えられない様なメンバーではあったが、よくよく考えてみれば全体としてのバランスが非常にとれたチームになった。そして、最後に。

 「一年、蜂谷」

 えっ、と小さな声が漏れた。紅白戦を早々と諦め、練習の準備をしていた矢先だった。視線が集まる。なんで、だとか。どうして、だとか。その疑問の数は俊と浩人のバッテリーが選ばれた時以上だが、赤星は

 「…いないのか?返事、しろよ」

と、笑って言った。
 裕は嬉しさを隠せない様に唇を噛み締め、そして、大きな声で返事をした。

 「ええー。ずりぃな、お前ら!」

尚樹は裕の背中を軽く殴った。
 だが、「頑張れよ」と言い残してそのグラウンドを去って行った。その後姿を暫く見届けると、赤星の元へと駆け寄った。

 「赤星先輩、」
 「俺は、バスの中で言ったぞ」

赤星は笑った。隣で松本はけらけらと楽しそうに笑う。
 つられる様に他のメンバーも笑った。空気が揺れる。

 「で、ポジションと打順を決めよう」

 この紅白戦の頭が、三年、二年なのは、言わば現役vs次世代と言う意味だ。そして、赤星のポジションは。

 「俺のポジションは、ピッチャーだ」

 そう、赤星はピッチャーだ。また、松本はその女房役。つまりはキャッチャー。二年にして、阪野二高最強のバッテリーだ。本来なら、尾崎も赤組のバッテリーはこの二人にしただろう。だが、今回は違うチーム。だからこそ、その次の三世代である俊と浩人vs次世代の赤星、松本と言うカードを組んだ。

 「ちなみに、俺の打順は五番。松本は、四番だ」

 ニッと笑う二人に文句を言う者はいなかった。三年さえも認める実力の持ち主。(本来、四番は尾崎なのだが。)次々に決まって行くポジションと打順。その中で、赤星は裕を見た。

 「蜂谷、お前のポジションはサードだったな。悪いけど、今回お前は他のポジションを守ってもらう。ショートだ」
 「ショート…」

再び上がる疑問。だが、赤星は

 「まあ、尾崎主将の言葉を借りて言うなら『理由は試合で解る』ってか?」

 沢山の疑問を残しながら、作戦会議は終了した。





 「赤星先輩、本当に、俺でいいんすか?」

赤星は無言で裕にデコピンした。
 痛っ、と小さく叫び薄っすらと赤くなった額を擦りながら裕は赤星を見た。

 「当たり前。俺は、負ける試合はしねーよ」

自信満々に赤星は言って笑った。
 空はやはり、青く、遠く、広い。その夏の暑い日差しの下、湿気っぽい風の中に尾崎の「整列」と言う声が響いた。裕と赤星は顔を見合わせて駆けて行く。





 試合、開始。