23.鼠花火 「 わっ 」 暗い夜空に華が咲く。紅に碧に藍。夏の名物、花火だ。蒸し暑い夜なのに、わくわくして気にならない。夢の中を歩いているような奇妙な感覚が付き纏う。 懐かしい友達と。 色取り取りの華が彼方此方に咲いて、眩しい。蝉の喧しい声も気にならない。山に囲まれて、都会と違って星が一杯輝いている。空気が綺麗だ。 どの花火も綺麗だけど、夜空に上がる打ち上げ花火はまた違う美しさがある。一瞬の輝きの為に生まれて来て、あっという間に散ってしまう。その儚さが美しいのだろうか。 パンッと足元で大きな音が響く。咄嗟に声を上げて肩を撥ねさせた裕に周りは笑う。足元を見ると、鼠花火の残骸が落ちていた。 遠くに上がるあの打ち上げ花火は、裕と瑠の為に友達の親の花火職人がわざわざ上げてくれたものだ。目の置くが熱くなる。 「楽しいな」 楽しい事は、沢山あった。向こうでも。腹の底から笑ったりもした。でも、それだけ愛想笑いもして来た。笑っていれば、何も壊れないと思って。笑っていれば、誰も傷付かないと思って。 だけど、傷付く。自分が傷付く。誰かに嘘を吐く度に、自分に嫌気がして、傍にいてくれる人さえ信じられなくなって、苦しい。 「そうか」 素っ気無く恭輔は呟いた。そして、傍に落ちていた一本の線香花火に火を点けた。 パチパチと爆ぜながら、先端についたオレンジ色の光が輝く。かと思えば、呆気なく消えて落ちる。 花火は、儚いと思う。 その僅かな瞬間の為に生まれて、終わる。 「俺さ、何時の間にか笑うのが癖になっててさ。気付いたら、笑ってんの。心の中じゃ、全然別の事考えながら笑ってんの。そうしたらさ、本当の笑いを忘れちまった。今、こうして笑ってるのも、もしかしたら本当は楽しくないんじゃないかって。失礼な事言ってるのは解ってる。だけど、さ」 裕は、また、笑った。少し悲しそうに見えた。 昔はこんな顔で笑う奴じゃなかった。いつも、どんな瞬間も楽しそうに、幸せそうに笑う奴だった。何時の間にか愛想笑いを覚えて、悲しそうに笑う。 「…天才って呼ばれるのは、どんな気分?」 「なんやそれ」 「俺の学校にもさ、天才がいるんだよ。野球する為に生まれて来たような奴」 天才って呼ばれるのは、どんな気分なのかな。天才と呼ばれて、その重圧に苦しむ人の話を聞いた事がある。だけど、その期待に添える人間なら、どうだろうか。 「…別に、何も思わへん」 「何も?」 「何も」 また、裕は笑った。息を吐くように。 「天才なんて、周りが決めた評価やんけ。俺には何も関係無いわ」 その、独りで突っ走るような姿勢は昔のままで。そうやって独りで走れるって事が天才の証なんだと思った。恭輔も、俊も。 「俺には出来ねぇや」 独りじゃ走れない。恐くて。 ピッチャーは、マウンドで、たった独りで投げてる。だからなのかもしれないけど、あんな孤独は耐えられない。俺には出来ない。 「お前みたいに、強くなれないな」 「強い?」 裕は頷いた。 「自分だけを信じて、他のものをすっ飛ばして、たった独りきりで投げきれるお前らはすごいって事。俺には出来ねぇよ」 「…別に、お前は出来んでもええやんか」 きっと、自分では気付かないんだろうな。 いつも、傍に誰かがいてくれている、って気付いてるか?どんな時でも、見捨てたり、置いて行ったり、裏切ったりしない友達がいるって、気付いてたか? それが、どんなにいいことか解るか?それは、天才と呼ばれるよりも、たった独りで投げられるよりもいいって、知ってたか? (俺は、お前にはなれない) どうして、お前の周りには人が集まって来るんだろうな。 懐かしい友達に囲まれる裕を見て苦笑する。長い間会わなくても、話さなくても、信じてくれる友達がいる。それがどんなにいい事か、気付かないのかな。 「覚えとけ。お前に出来ない事が俺は出来る。だけど、お前にしか出来ない事もある」 「俺にしか出来ない事?」 恭輔は何も言わなかった。無言で、また、傍に落ちていた線香花火に火を点けた。オレンジ色の光が恭輔の顔を照らしている。裕もそれ以上訊こうとせずに皆の中心へと戻って行った。 パンッと弾ける音がした。鼠花火だ。勢い良く転がる鼠花火と、同じ場所でくるくると暴れている鼠花火。どちらも、最後は大きな音で弾ける。 追い掛けて来る様な花火。投げる者と、投げられる者。裕は後者だ。足元での突然の爆発に心底驚いて肩を撥ねさせる。それを笑う仲間に同じ様に投げる。 溢れる笑顔と笑い声。この中に、偽者の笑顔があるかも知れないなんて思えない。笑顔が少し困った顔と言う人はいる。だけど、偽者ならば。 (…鼠花火か…) 裕は鼠花火に似ていると思う。小さくて、細くて、それでも必死に暴れてる。もがいてる。最後に、ドカンと散るのだろうか?もしかしたら、この動けない花火の様に儚く散るのかも知れない。 懐かしい面々。久しく会わなかった友は、昔と変わらず。失ったものは沢山在る。だけど、得たものも沢山在る。何が正しくて、何が悪いのかは解らない。 (俺、何を迷っていたんだろう) ふと、そんな思いが過る。 鬱病なんて、嘘っぱちだ。見えない未来や夢に不安を感じて、その全てから逃げようとして立ち止まっていた。そのままで状況が良くならない事はよく解ってるのに。 「恭輔!」 叫ぶと、恭輔は顔を上げた。続けて叫ぶ。 「俺は、必ず、甲子園に行く!!そして、お前を倒す!!」 恭輔は笑った。裕も笑顔で。そこに偽者を現せる隙なんて無い。そこにあるのは、希望だと言っても間違いではないと思う。 「言ったな!」 走って来る恭輔を茶化しながら、裕はまた、笑った。 夜が更けていく。 |