For...? 「 なんで、そんなに頑張るんだよ。 」 何処か見下すような目で新は訊いた。 夕暮れが深まって、暗くなった黄昏時。禍が起こると言われる不吉な時間帯も、このグラウンドで皆と野球をしている間は誰にも負けない気がしていた。 裕は地均していたグラウンドから目を新に向ける。 「 なんでって、お前が野球しているのと同じ理由じゃね? 」 新が何とも言えない表情をするので、裕は笑ってしまった。すると、新は「 笑うなよ 」と怒った。 笑っている二人を赤星が軽く注意するので、罪の擦り付け合いをする。それを尾崎、傍にいた松本が笑う。 「 ったくよー。蜂谷のせいで怒られたじゃねぇか。 」 「 俺のせいかよー。最初に話し掛けて来たのはお前だろー。 」 ふんっ、と背を向け合う。だが、その数秒後にはクククッと笑いを堪える声がして、次には爆笑する。 こんなどうしようもない時間が過ぎる。 外灯が点灯し出した。初秋を迎えた今頃は、まだ夏の暑さが残っているとは言え、夜は肌寒かった。外灯には蛾などの虫が集まり、そこに罠を張った蜘蛛がそれを捕らえる。 夏が終わった。 改めて考えて、少し寂しい気持ちになる。 少なくなったグラウンドにいる人数。三年生は受験に向けて勉強だ。 「 なんか、寂しいよなぁ…。 」 「 何がだよ。エロ本買って寝ろ。 」 「 そうすっかなー。 」 また、笑いが零れる。 雲の流れが速く、チラチラと星が顔を出している。 「 夏、終わりだな。 」 「 ああ。終わりだな。 」 学校が始まって一ヶ月近く経過する。夏休みボケで、授業中も眠る生徒が多い。裕もその一人で、今月の中間試験は追試になるだろう。 それでも勉強しない裕は大したものだ。ある意味では。 「 もうすぐ、文化祭だな。 」 「 そうだな。文化祭だな。 」 クラスの出し物。行きたい場所。オススメ。客の種類。 そんな話しをしながら、手を動かす。 「 蜂谷って、中学は兵庫の大崎中だったんだろ。 」 「 そうだよ。誰に聞いた? 」 「 禄高。 」 「 やっぱりな。 」 顔を見合わせて笑う。同時に尚樹が遠くでくしゃみをするので、さらに笑う。 尚樹は首を傾げながら離れて行く。 「 そこの、四番だってな。 」 「 うん。 」 「 なんで、黙ってたんだよ。言えよなー。 」 「 中学の頃の事なんて言ってもなぁ。 」 裕は苦笑し、新は「 それもそうかもな。 」と笑う。 グラウンド整備をしていた一年生が少しずつ部室に戻って行く。その内、俊や浩人が声を掛ける。 それに「 すぐ行くよ。 」と言ってまた手を動かし、その後姿を見送る。 「 自分の価値は自分で決める。 」 「 は? 」 「 かっこよくね? 」 「 お前が?このナルシスト。 」 「 違ぇよ!言葉が!! 」 新は探偵番組の主人公の考え方を真似する。 それを軽く小突いてツッコミを入れて話しを続ける。 「 この前、言われたんだよ。 」 「 誰に? 」 「 浅賀恭輔。 」 「 あぁ、同じ中学だっけ。あいつスゲーよな。夏甲の決勝出て優勝したじゃん。テレビに出てた。インタビューとかされてたし。 」 「 マジで?見てねぇや。なんて言ってた? 」 「 えっと………忘れた。 」 「 なんだよそれー。 」 トンボをいつもの用具倉庫に戻し、部室へ向かって歩き出した。グラウンドに残っていたのは二人が最後だった。 着替え終えた先輩や一年が自動販売機へ向かう。それらとすれ違いながら「 お疲れ様でした。 」と。 「 甲子園行きたい? 」 「 当たり前じゃん。高校球児の夢だろ。 」 「 熱血馬鹿。 」 「なんだと?お前は違うのかよ。 」 「 別に、行けても行けなくてもいいよ。 」 「 えー。 」 中学もそんなに強くなかった。野球は好きかと訊かれたら嫌いじゃないと答えるだろう。そんな新にとって裕の事など大よそ理解できないだろう。 「 じゃあ、何の為に野球してんだよー。 」 「 何となく。 」 裕は難しい顔をして首を傾げた。 「 お前って、負けた時の事考えた事ある? 」 「 無い。 」 新は溜息を吐いた。そして、「 気楽で良いな 」と笑った。 「 俺は考える訳。負けた時、惨めじゃないか?頑張った努力が無駄になって後悔しないか?とか。 」 「 へぇー。俺、そんな事考えた事ねぇよー。 」 「 じゃあ、考えてみろよ。どう? 」 「 えぇ〜?………。 」 裕は腕を組んで眉間に皺を寄せて「 うーん 」と考え出した。だが、すぐに顔を上げた。 「 無理。 」 「 なんだよ、それ。 」 新は飽きれた。だが、裕は笑顔だった。 「 だって、このチームが負けるなんて、考えられねぇ。 」 ぷっと新は笑う。余りに裕らしくて。 「 お前みたいに楽に生きたいよ。 」 「 生きればいいじゃん。 」 「 出来ないから言ってんの。 」 「 出来るよ。 」 新はキョトンとして、裕は笑っている。 「 お前がそんな負けた時の事なんて考えずに済むくらいの強い学校にしてやるよ。 」 「 本当か〜? 」 「 本当本当。 」 笑いながら部室の扉を開くと、すでに中には着替え終えた先輩や同輩がいた。そして、声を揃えて「 遅い! 」と怒った。 一瞬、驚きつつも二人は顔を合わせ笑った。 |