俺は、こいつが嫌いだった。







He is winner?







 俺は、蜂谷裕と言う男が大嫌いだった。姿を見かけるだけでも吐き気がしたし、傍にいれば殴り掛かってしまいたくなる。話し掛けて来たならば、傍にある金属バットでその頭を粉々に砕いてしまいそうだった。


 「 なぁ、新。何、笑ってんだよ。 」


 そこに立つのは、他でもない蜂谷裕。
 嫌いだった全ての蜂谷と普通の会話が出来る。それには一つの出来事があった。それは合宿のスポーツテストではない。
 そして、俺は一生その出来事を忘れないだろう。







 その日は、練習試合だった。
 敵は普通よりも少し上、中堅高校と言うには荷が重いと言ったような学校だった。

 強い学校ほど、選手はさっぱりしていて、弱いほど陰湿な選手ばかりいた。



 「 ――― ッ蜂谷!! 」


 叫んだのは赤星主将だった。
 キャプテンになったばかりで、まだあたふたとした不安な部分も多い。三年生は引退したばかりで、新チームになってからようやく二度目の練習試合だった。

 バッターボックスに倒れた蜂谷に真っ先に駆け寄ったのは赤星主将だった。倒れた蜂谷は小さく呻きゆっくりと立ち上がった。市河さえも心配して、座っていたベンチをガタンと揺らした。


 心の中で、俺はざまあみろと嘲ってやった。


 頭から流れた一筋の血は、驚くほど紅かった。
 ポタポタとバッターボックスに血が零れていた。

 心配する赤星達に、蜂谷は笑った。そして、何か話して(説得して)蜂谷は再びバッターボックスに立った。
 わざとデッドボールを受けて、皆の気を惹こうとしたんじゃねぇの?
 隣で岡沢は言った。

 でも、敵のピッチャーが薄く笑ったのを俺は見逃さなかった。

 わざと?どっちが?
 敵に決まってる。敵が、わざと蜂谷にぶつけた。



































 その次の球を、蜂谷はホームランした。

 サヨナラ、逆転ホームランだった。








































 その日の帰り。話題は皆蜂谷の打った特大ホームランで持ち切りだった。
 痛々しく頭に包帯を巻いた蜂谷は苦笑して「 まぐれですよ。 」と言っていた。


 こいつがどれだけ練習して来たか知ってる。

 泥だらけ出も、血塗れでも、必死に食らいついた根性も知ってる。

 こいつが、夢や努力を語る資格がある事も知ってる。

 それは、俺には不可能だって事も知ってる。










 「 努力とか、そんなもん糞食らえだ。 」


 偶然、帰りの電車に乗り合わせた。隣に立つ蜂谷に言ってやった。
 市河は聞いてるくせに聞こえないふりをしてぼんやりと外を見ていた。


 「 努力じゃ、どうにもならないんだよ。 」


 お前が、笑っていられるのは持ち合わせた「 才能 」のおかげだろうが。
 それなのに、凡人のふりしてんじゃねぇ。
 努力家ぶって、良い子ぶって、お前なんか大嫌いだ。


 「 才能がなきゃ、どうにもならねぇんだよ。努力でどうにか出来る時代は終わったんだ。 」


 蜂谷は目をまん丸にして、突然、何の話しかと言っているようだ。
 だが、すぐに笑った。
 可笑しなものを見つけたような、そんな皮肉な笑いじゃなかった。
 何かを企んだような、笑いだった。


 「 …確かに、努力すればとか、やれば出来るなんてただの幻想だよ。 」


 予想を反して、蜂谷は俺の意見に賛成した。
 反対すると思った。くさい言葉を使って、反論すると思った。


 「 努力をしたヤツが勝者になれるとは限らないけど、勝者は必ず努力をしてる。 」


 ふっ、と市河が笑った。蜂谷は、自分の言葉を真っ直ぐ信じてる。
 馬鹿みてぇに。ガキみてぇに。


 その時、電車は駅に着いた。
 俺の意見を言う暇もなく、分かれた。









 あの日、あいつが言った言葉がまだ頭の中に棲み付いて離れない。
 俺は未だにその言葉の意図が解らない。

 努力をしろと言う事なのか、それとも。

 ただ、蜂谷は絶対に絶望を意味する言葉は吐かない。
 何処か使命感に似た義務。吐いてはいけない。

 今日も、蜂谷は笑っている。
 その頭の中には、きっと俺に言ったような言葉が溢れているんだろう。