One for all, All for one.


日が高い。ジリジリとグラウンドの上で肌が焦げる。ホームでは禄高がノックしている。キィンと澄んだ音。きっとこれは長打だな、と思い守備を見るとショートの裕が飛び上がって捕球した。
そのファインプレーにあちこちから声が飛んでいる。照れ臭そうに笑い次の部員と変わって裕はバッターボックスに立った。
一年前は、俺があそこに立っていた。そう思うと何故か寂しい気持ちになる。きっと、尾崎前主将も同じだったんだろうと思った。
「赤星!」
「あ、悪い。」
ぼーっとしていた事に気付いて握り締めていたボールを高く掲げる。振り被ってストレート。聞き慣れた気持ちのいい音が響いた。
「…ちょっと、休憩するか。」
松本が袖で額の汗を拭い言った。赤星は頷き帽子を脱いだ。マネージャーに渡された飲み物を喉に流し込む。
「…なぁ、松本。」
「何だ?」
「残酷だと思わねぇか?」
松本が訊き返す前に間髪入れず赤星は言葉を繋いだ。
「高校野球ってさ。」
赤星は苦笑した。唐突な事だが、いつもの事。松本は何も言わなかった。
「一回負けたら、もう終わりなんだぜ。」
「そりゃ、トーナメントだからな。」
「たった一回の失敗で、全部が終わるかも知れねぇ…。それって恐いよな。」
たった一球、たった一打で試合はガラリと変わってしまう。敗北はいつでも傍にあると言う事だ。
そして、負ければ“引退”。今までの、どれだけ費やしたか解らない練習が全て終わってしまう。
「俺らしくないかも知れねぇけどさ、恐いんだよ。」
「何が?」
「打たれるの。」
赤星の顔に影が落ちた。きっと、赤星の頭の中には去年の夏の甲子園予選が蘇っているんだろう。先輩の野球の全てを懸けた大会の予選三回戦で、東光学園の一年如月によって負けた時の事を。まったく打てなかった如月の球。打たれ続けた赤星の球。
打たれない投手なんていない事。打てない球なんてない事。それは赤星が誰よりも一番よく解っているつもり。それでも、恐い。
「これで、また打たれたら俺ら引退だろ。甲子園に出るには、如月を倒さなきゃならねぇじゃんか。」
松本が何かを言おうとして、止めた。出しかけた手が虚空をさ迷う。
その時、金属音が轟いた。
「でかいぞ!」
空高く、雲一つ無い青空にポツンと白い点が浮かんでいる。ワァワァと騒ぐ部員達。バッターボックスには裕。メットのつばを掴んで打球の行方を見ている。それを新が追う。
「…なぁ、赤星。打たれてもいいじゃんか。」
松本は打球の行方を目で追う。
「ホームラン打たれたって、もう、打たれっぱなしじゃねぇからな。十点取られたら十一点取り返せばいい。」
打球は、暫く落ちてこなかった。だが、重力に従ってゆっくりと降下する。落ちた先は、新のグローブの中。
「それに、お前が打たれたって後ろで護ってくれるやつらがいる。」
フェンスに派手に衝突しながら、転んでも新はその打球を溢さなかった。これが試合ならアウトだ。
「野球は一人じゃ出来ねぇんだ。な、赤星。」
松本は笑った。太陽を後ろに表情はよく見えなかったけれど、笑っていると解った。それが余りにも嬉しそうで、こんなムヤムヤした迷いは、どうでもよくなって来て。
「そうだな…。」
赤星は立ち上がった。その手には、真っ白なボールを握り締めて。

振り被る。視線は松本の構えるミット、ただひとつ。
ズバン、と。聞き慣れた音が響いていた。