夏の大会が終わった。初めての甲子園の結果は、苦い思い出になってしまった。二回戦コールド負けと言う結果で。
 何処か楽になったように引退していく三年生。皆が涙を浮かべる中、終わったんだなと言う確認を心の中でしながら、赤星は其処を退いた。



ミチシルベ



 「あー、尾崎先輩。」
 「よー。」

 何気無く歩いていたいつもの道で、顔を上げれば其処には尾崎がいた。前主将の尾崎先輩。いや、主将だった赤星ももう引退したのだから前々主将か。
 そんなくだらない事を考えながら赤星は尾崎に駆け寄った。何か話しがあった訳でも無いが、酷く懐かしく思えたのだ。

 「こんなところで何してるんですかー。」
 「何って、コンビニ。暑いからアイスでも食おうかと思って。」

 尾崎はその手にぶら下げていたコンビニの白いビニール袋を見せた。中には鮮やかな色をしたアイスのパッケージが透けている。

 「お前こそ、何してんだ。」
 「やー、俺は散歩っすよ。部活引退したらやる事無くって。」
 「勉強しろ、勉強。お前は受験生だぞ。」
 「こんな天気のいい日に室内篭ってちゃ勿体無いじゃないすかー。」
 「…なら、野球部に顔でも出してやったらどうだ?あいつ等も喜ぶだろ。」
 「まだ、行けないっすよ。」

 グラウンドに今立ったら、泣いてしまうかも知れない。こんな事だったら、あの引退の日に泣いておけばよかった。

 「甲子園、コールド負けか。」
 「はい。面目無いっす。」
 「俺達の代なんか地区大会三回戦負けだぞ。」

 尾崎はカラカラと笑う。

 「でもまあ、次はあいつ等の時代か。時が経つのは早いな。」
 「ですね。俺、野球やってたのつい最近に思えて仕方無いっすもん。」
 「はは、そんなもんだよ。」
 「俺、来年がすっごい楽しみなんすよ。」
 「何で?」

 赤星はニッ、と笑った。

 「だって、絶対甲子園行ってすっげー結果出しますもん。」
 「はぁ?」
 「俺達よりも、ずっとすごいヤツ等が集まってんすから。楽しみー!」
 「…お前は、いなくてもか?」

 尾崎の問いは、何時でも核心を突いていた。赤星は口をぎゅっと結んで少しの間だけ考え込むように静かになる。

 「…はい。」

 少し時間を置いて答えた。尾崎は鼻で笑う。

 「そうだよな。…俺も、スタンドから準決見てて嬉しくて仕方無かったもんよ。やっぱり、後輩の成長ってのは嬉しいもんだよ。まぁ、少しは悔しかったけど。」

 やっぱり、この人は主将だなと思う。
 引退しても、野球をやめても、この人は永遠に俺の主将なんだって思う。あの地獄みたいな時代を過ごして来ても、この人の後輩になれた事を感謝したかった。後輩の事をこんなに誇らしげに話す人を俺は知らない。
 それに比べて、俺は。あいつ等に何か残してやる事が出来たんだろうか。

 「やっぱ、尾崎先輩は永遠の主将っすよ。永久欠番っす。俺の中で。それに比べて、俺はあいつ等に何か残してやる事も出来なくて…。」

 赤星は俯いた。脳裏に二年生の顔が浮かぶ。市河、爾志、新、禄高。そして、蜂谷。引継ぎ式であんなに泣きながら見送ってくれた彼等に、何も残す事が出来なかった。

 「残ったさ。」

 尾崎は言った。

 「お前のやって来たものが、そのまま残ってる。お前の歩いた後に道が出来たんだ。ま、蜂谷がそのままお前の道を歩いて行くとは限らないけど。」

 道と言う言葉が、妙に頭に残った。

 「あ、やべ!アイス溶けてる!」
 「えっ!?マジすか!すんませんした!」
 「あー…。まぁ、いいよ。お互い様だ。じゃあな!」

 尾崎はそのまま急ぎ足で立ち去った。急ぎながらビニール袋の中のアイスを見ている。

 …道、か。
 本当に、俺の歩いた後に道があるならば。俺はこれからも負けずに行ける。
 その時、ふと学校で配られた進路調査表の事が脳裏を過った。やる事も無く行ける大学に行こうと思っていた。だけど、やりたい事が見つかった。
 俺に道を作る力があるなら、これからもそうやって生きて行きたい。誰かに向かって偉そうな顔をしたいんじゃない。ただ、力になりたい。
 そう、教師のような仕事に。

 赤星は歩き出した。何気無く歩いていた道を。